レスありがとうございます。
山日和さんが模範的なようですが、私が一番記憶に残っているのは那智、青岸渡寺の大峰奥駈道に参加した時に出会った方です。私より少し年上の方と思いましたが、背の高いスラリとした方で、背をまっすぐに伸ばしてス~ス~と軽やかな足取りで、
横揺れすることなく、呼吸が乱れたり疲れた様子は見えず、いつも眼の隅に入れながら感心して見ていました。
宿に着くとヨガのような体操を入念に始められました。何をしているのかお聞きすると「自彊術」をしているとのこと。
これは大正時代に中井房五郎氏が始められた31の身体の動かし方なる体操だそうです。
歩き方に重心のぶれがない人は芸術的と言ってもいいんじゃないかと思います。
一番疲れない歩き方ですし、バランスの向上にも役立っているようです。
頭でわかっていてもなかなか継続的にできません。
「自彊術」ですか、ちょっと調べてみました。
http://www.jikyou.com/index.html
見ていて感じたのはヨガと同じようにゆっくりと腹式呼吸をし、ゆっくりと多くの関節を可動域いっぱいまで動かすことです。深呼吸しながらストレッチをするという感じでしょうか。
僕のように、登山の前に登山口で準備運動も怠けてしまっていてはいけません。
関節を痛めてしまうことが多いので日頃からのこういった努力が必要なんでしょうね。
以前、何でもないところでの事故は防げないと書きましたが、この前の連休で別山を三つ谷口から周遊した時、また起きました。三の峰から下りて行く途中、雨でぬれた道脇の草が倒れこんできて地面が見えません。根っ子もありそうにもないところで
左足が引っかかり、エッなに、と思っているうちに右前方へ身体が飛んでおり、草と灌木の間に落ちました。幸い草の上で
怪我はなく、何が起きたのかよく見ると草で見えなかったのですが、根ではなく丸太のようなものが道を横断していたのです。
僕自身も、何でもないところでのアクシデントに瞬間的に対応する能力も弱ってきていると思います。
ドテッ!と何でもないところで転ぶ。などの注意信号が出始めたら、ペースを落としたりしてます。
計画自体もだんだん時間に余裕を持った計画にしなきゃならないので、夏山のアルプスなど高所は1泊余分にとなってきてます。
「安く早く」が大きな要素でしたが、年齢を増すごとに「小屋泊りに金がかかる」、「時間的に余裕を持つ」といった計画も、安定した歩きを維持するための要素に入れなきゃならない年齢になってきたかなぁとも思っています。
もちろん、常日頃のトレーニングは言うまでもありませんが。
こういうところでの事故は、注意するしかないのですが、注意しきれません。というより人間の行動は、ほとんど予め脳が予測して行動するそうですので、危ないのではないかと前もって脳が判断しなければ注意のしようがないと思います。
従って、何でもないところでは一定の割合で必然的に起きるのではないでしょうか。
う~~ん、草ボーボー歩きの経験値というかそういったことも、からんでくるのだと思いますが、どうなんでしょう。
ほかの人のレスにも書きましたが、明らかに見える危険と、見えにくい危険があると思っています。
気づかない危険を気づくようにする方法ってないものでしょうか。
これについてもまたいつかの機会にディスカッションしたいものです。
つう