【 日 付 】2020年1月26日(日曜日)
【 山 域 】 越前
【メンバー】山猫、家内
【 天 候 】曇りのち晴れのち曇り
【 ルート 】登山口8:17〜9:44保月山〜10:48杓子岳10:57〜12:15経ヶ岳12:30〜12:53北峰〜14:42伏拝〜15:17法恩寺山〜15:44・1294〜17:00林道〜18:29保月山登山コースと林道の分岐点〜18:50登山口
この日は近畿は天気が悪いが北へ行けば行くほど天気が良さそうだ。雪を求めて福井までの遠出を決めるのに躊躇はない。越前大野を取り巻くいくつかの山の中では雪の多さと静けさを見込んで経ヶ岳を選ぶ。
中部縦貫道の大野ICを降りると空はどんよりと曇ってはいるが雲の高さはかなり高い。右手に荒島岳、左手に大きく経ヶ岳が視界に入る。荒島岳を目指してこの地を訪れたのは二年前、一晩で1m近く降り積もった大雪の翌日であった。記憶の中にある経ヶ岳も荒島岳同様、純白の山であった。この日の経ヶ岳は山裾には雪はないものの、期待通り山頂部に雪を戴いているようだ。
7時半に青少年自然の家にたどり着く。やはり周囲には全く雪が見当たらない。それならば法恩寺林道に入ることが出来ないだろうかと、すぐさま引き返し、南六呂師の集落の奥から法恩寺林道へと入る。しかし、唐谷川右岸の北側斜面に入った途端に突然、林道には積雪が現れる。二駆の車ではどうしようもない。バックで引き返す。
再び県道に出る手前で向こうからやってくる名古屋ナンバーの車がある。我々と同じことを考えて来られたのだろう。対向の際「積雪で引き返して来ました」と、ご説明すると、助手席の男性がすかさず「山猫さんではありませんか!」。なんとkasayaさんであった。車は四躯らしいので積雪した林道に入って行くことが出来るのかもしれない。
青少年自然の家まで戻ると林道を奥へと進み、登山口にある浄水施設の脇の空地に車を停める。既にに二台の車が停められている。準備を整えて出発したのは結局8時17分であった。歩き始めると厳冬期とは思えぬ程、空気は春のような陽気に充ちている。
登山口までは尾根まで450mと記されている。赤松の目立つ急登はすぐに終わり、なだらかな尾根に上がると積雪が現れるようになった。尾根からは林道まで600mと標識があり、すぐに法恩寺林道に出る。この短い距離のためにわざわざ法恩寺林道に回り込もうと考え、時間を大きくロスしてしまったのは失策ではあったが、そのお陰でkasayaさんにお会い出来たのは怪我の巧妙だ。
法恩寺林道に出ると、kasayaさん達は先に通過しているものかと思ったが、林道上に真新しい踏み跡は見当たらない。やはり積雪のために林道を引き返されたのだろうか。
登山路はすぐにも細尾根の登りとなる。雪は固くしまっており、目の前の踏み跡にはアイゼンやスノーシューのものもあるが、今のところアイゼンもスノーシューも必要はなさそうだ。周囲の尾根上は山毛欅が目立つが、細尾根のため、樹林が広がる感じはない。やがてアダムとイブと書かれた標識がある。見上げるとその命名の由来はすぐに理解出来る。山毛欅と小楢の樹があたかも抱擁し合うかのように寄り添っているだった。樹間から見える北の空では雲の下が青い。北の方角では青空が広がっているのだろう。保月山にかけて尾根を辿るうちに雲の下の青空がますます広がってゆく。
保月山の山頂にたどり着くと一気に視界が開ける。目の前には杓子岳から中岳への稜線が壁のように立ちはだかる。その上空ではあたかも線を引いたかのように白雲と蒼空が境界されており、その境界線が高速で北から南へと移動してゆく。まもなく上空には果てしない蒼穹が広がるようになった。
保月山から杓子岳への登りは低木が多く、早速にもパノラマが開ける。小さな岩峰を南側からまいて杓子岳への急峻な登りが始まる。右手の荒島岳の彼方には能郷白山が堂々した山容を見せる。振り返ると一直線に伸びる蒼空と高積雲の境界のせいで、大野盆地に巨大な直線状の影が生じている。
- 大野盆地の彼方に部子山
杓子岳に辿り着くと景色は一変し、中岳を経ヶ岳へと向かう純白の稜線、そして経ヶ岳の南尾根の彼方には白山の三ノ峰から南に連なる山々が一気に視界に飛び込む。雪を抱いた峻険な山々が重畳と連なる様は壮観という他ない。
山頂部には広大な雪原が広がっている。雪原の下は笹原だろう。この高さから笹原が広がるのは冬の日本海から直接吹き付ける強風により風衝草原となったものと思われる。地形的にも九頭竜湖の方向に向かって吹き込む風の通り道となっているのだろう。雪を纏ったこの山が標高が1700mに満たないことが信じられないほどの威容と風格を備えているのは美しい山容もさることながら、この風衝草原の発達によるところもあるのではないだろうか。
上から一人の女性が降りて来られた。石川県からいらしたらしいが、やはり今年は石川でも雪が少ないので雪を求めてこの経ヶ岳まで来られたとのこと。先週も経ヶ岳を目指されたものの積雪後のラッセルが厳しく、山頂まで届かなかったために今朝は早朝は5時半頃から出発されたらしい。
杓子岳からはなだらかな曲線を描く雪原を辿ってすぐにも中岳に到着する。切窓と呼ばれる鞍部の向こうにはいよいよ経ヶ岳の迫力ある姿を正面に望む。中岳の下りでついにスノーシューを装着する。アイゼンとどちらにするか迷ったが、足裏に感じる感覚の快適さを求めてスノーシューを選択する。山頂から下ってくる一人の男性が目に入る。
切窓からはいよいよ経ヶ岳への急登に取り掛かる。雪は程よく締まっており、スノーシューでも全く問題なく登ることが出来る。経ヶ岳の山頂に立つと真っ先に視界に飛び込んでくるのは圧倒的なスケールで眼前に迫る純白の白山だ。一昨年に赤兎から白山にかけて縦走した時、赤兎山の山頂から飛び込んできたその姿よりも遥かに近く感じられるのは、間違いなく空気の透明感のせいだろう。風もなく、雪の山頂にいるという現実が信じられないほどに暖かい。手袋がなくても全く平気でいられるほどだ。三ノ峰から南に願教寺山、薙刀山、野伏ヶ岳へと連なる稜線の奥には御嶽山も明瞭に見える。
- 彼方に御嶽山、手前は左より願教寺山、薙刀山、野伏ヶ岳か
山頂に一足先に到着した私は昼食のために湯を沸かそうとしてガスコンロを取り出して愕然とする。寝ぼけながら慌てて荷物をパッキングしたせいだろう、なんとほとんど空のガスコンロを持って来てしまったらしい。下を見ると切窓のあたりを通過しているkasayaさん達一行が見える。昼食の代わりにおにぎりせんべいをつまみながらkasayaさん一行の到着を待つ。
まもなく車を運転しておられた方が先陣を切って山頂に到着される。なんと副館長さんであった。kasayaさん達にご挨拶をして、山頂を後にすると法恩寺山への長い周回路へと踏み込む。
山頂から北峰へと続いてゆく稜線には昨日のものと思われるトレースがついている。法恩寺山への周回はノートレースを期待していたのだが、残念ながらそれは当てが外れたようだ。
北峰にかけての吊尾根はまさに天空の回廊と呼ぶに相応しい。左手には白山、右手にはこれから辿る法恩寺山、その彼方には越前甲山と大日山を望みながら純白の展望尾根を辿る。北峰の直前では鋭利なナイフリッジが現れる。シュノーシューではナイフリッジを渡るのは困難が予想されたが、トレースのお陰で難なく越えることが出来る。
- 北峰へ
北峰は大舟山を越えて赤兎山へと至る長い尾根とのジャンクション・ピークでもある。白山を背景にうねうねと蛇行しながら三ノ峰へと続いてゆく、この長い尾根を目で追う。赤兎山のなだらかな山頂にはポツンと小さな避難小屋が見えている。赤兎までこの雪稜を歩くのは念願の山行の一つだ。
- 北峰への登りから経ヶ岳を振り返る
北峰を後にすると経ヶ岳からの稜線の西端のピークca1580mのなだらかな台地状の山頂部で休憩する。やはり昼食は摂っておいた方が良いだろうという結論になり、ほうれん草カレーを冷たいまま塩むすびの上にかけて食べる。冷たくても意外と美味しく感じられるのだった。
このピークでいよいよ雪原とお別れである。北西に向かって尾根を下るとすぐにも樹林帯に入る。期待していたのだが、延々と山毛欅の樹林が続く。低木の小枝が鬱陶しくはあるが、通行に支障をきたす程ではない。
法恩寺山にかけての長い尾根はなだらかではあるが、小さなピークのアップダウンを緩やかに繰り返す。午前中は固く締まっていた雪がスノーシューでもかなり沈むようになってきた。前日のものと思われるワカンのトレースよりも明らかにかなり沈み込みが深い。前日よりも雪が柔らかいのだろう。
しばらくすると家内が急に遅れがちになる。脚の付け根が痛くなったようだ。どうやらスノーシューを履いて腐れ雪の上を歩くとこの症状が出るらしい。昨年の左千方からの下りでも午後になって雪が腐れると家内は全く同じ症状を訴え、谷山へのなだらかな尾根に大幅な時間を要したのだった。
午後の日はゆっくりと、しかし確実に傾いてゆく。いつしか磨りガラスのような絹層雲が広がり、山毛欅が雪の上を落とす影も淡く滲んでいる。
尾根の先の法恩寺山の方からは風に乗って若い女性の声が聞こえる。すぐ先を歩いているのかと思うほどに声は近いが、尾根上には人の気配は感じられない。時折、かすかに音楽も聞こえてくる。
法恩寺山からは北東へ続く稜線上にほぼ標高が近い三つのピークが並んでいる。北東のピークにたどり着くとようやく経ヶ岳を大きく背後に展望する。すぐに先ほどの声の主がわかった。間断なく耳に聞こえていたのはスキー場に流れる大音量の音楽DJの音声であった。
法恩寺山にかけて中央のピークに至る。山頂の西側が藪が広がっているが、トレースを辿るとスキー場の上部に飛び出した。ワカンのトレースはスキー場で消えている。スキー場をリフトで下ったのようだ。法恩寺山の山頂直下には別のリフトが登ってきている。リフトからは別の音楽が大音量で音楽が流れているが、リフトの索道には一機もリフトはぶら下がっていない。
ここからの下山路がいよいよ今回のコースの核心部だ。三頭山へと続いてゆく一般登山道ではなく、標高点1204を経て南西に伸びる尾根を下り、林道歩きを短縮することを考える。経ヶ岳への登りの尾根からはこの下山予定の尾根林道の近くまで自然林が続いているのが見えていたのだった。とはいえ冷静に考えると未知の藪漕ぎルートの困難さがより多くの時間が要する可能性は十分にあるのだが。
法恩寺山の山頂から小さな谷を隔てて南側から南西に続いてゆく尾根に乗る。予想通り、法恩寺山に至るまでのこれまでと尾根と同様の林相が続く。自然林の中には下生の低木が少なくないが、通行を妨げるような濃密な藪はない。大きく違うのは全く人が歩いた気配が感じられないことだ。
まもなく尾根上には山毛欅の林が広がるようになった。この山毛欅の樹林を期待していたのであった。
延々とこの快適な山毛欅の樹林が続くと良いのだが、都合の良いことはそう長続きするものではない。下生の低木のせいで自由に歩くことはままならない。
尾根を直進すると林道に下る斜面がかなりの急斜面になってしまうので、ca1020mのあたりから一つ北側の支尾根に乗り換える。斜面には見事な杉の大樹が目立つが、樹林の中には少なからず下生もあり、管理された植林ではないようだ。
尾根の最後は林道に下降するのに西と南に下る尾根がある。いずれの尾根も様相はほとんど変わらなかったが、南に下る尾根の方が林道近くで傾斜が緩やかになるのでこちらを選択する。
尾根を降り始めるとすぐにも雪が続かなくなり、ここでスノーシューを諦める。傾斜の急な尾根には榧の幼樹や馬酔木などの下生の藪が鬱陶しい。しかし、雪の切れ間から有り難いことに、微かな踏み跡が現れた。最初は鹿道かと思われたが、林業の作業道のように思われる。踏み跡を辿り難なく林道に着地することが出来た。
あとは長い林道歩きだ。幅の広い林道からは好展望が広がり、徐々に暮色が濃くなるにつれ、勝山や大野の市街に明かりが灯る。積雪した林道は雪がしまっていれば良いのだが、腐れ雪では踝ほどまでではあるが、一足ごとに雪を踏み抜きながら進むことになる。再びスノーシューを取り出せばよかったのかもしれないが、そのことに思い至った時には林道歩きも終盤であった。スノーシューを脱ぐと家内の脚の痛みは歩行には支障はないようだ。林道から登山口までは順調に下ってくれる。
ヘッドライトを要する山行は実に久しぶりのようにな気がする。脚の付け根に痛みを感じながらの歩行で家内は大変だったであろうが、山毛欅の回廊や天空の尾根からの眺望は喜んでくれたようだ。