おはようございます、ZIPPさん。
寺谷ノ高でしたか。
嘉茂助谷ノ頭に行った折には、すでに登られるつもりだったのですね。
そうです。以前から気にはなっていましたから。
久瀬谷林道入口の空地に駐車する。土砂におおわれ流れがほとんどない往古川を渡り尾根に取りつく。下草の刈られていない植林地を上って行くと朽ちた金網フェンスに突き当たった。
わりばしさんは、久瀬谷対岸の尾根に取付いたんかな?
「下草の刈られていない」って、ウラジロシダの中を登ったの?そうならダニいっぱい付いたのでは!?
久瀬谷の対岸の尾根の少し下流から取り付きました。
岩が集められたラインが上に伸びていて、これを使いました。
シダの中を上のラインまで上りましたが、ダニは大丈夫でした。
- 岩のライン
上りついた尾根には、青いペンキの腕章をつけた木が並ぶ新幹線が走っていた。ZIPPさんは、この新幹線を使ったようだ。
そう。寺谷出合から左岸尾根には、この青ラインが続いていました。
ここには広い平地が広がっている。その真ん中に5mの大杉が枝を広げて鎮座している。この大きさと存在感からして、ここには寺か何かがあったと考えていいように思う。少なくともここが特別な場所であったことは間違いない。少し奥には大きく腕を広げた4.5mの大木もあった。
ですよね。平地に大木が幾つかある。寺があったとしてもおかしくないところ。
茶碗か何か落ちていないかと、帰りに探すつもりだったんだけど…。
何か史料が残ってないんですかね?
平岩谷左岸の一枚岩をながめつつZIPPさんいわく「足元をスースーしながら歩く岩稜」を歩く。境界標石のある尾根だけに道はしっかりはしている。
ただ一か所、乗り越えがたい段差のある岩が無かったですか?わたしが行ったときは、木が掛けられていてそれを利用しましたが。
大岩が割れたところには行かれませんでした?眺望抜群でしたよ(…て、わたしが云った日は眺望がない日でしたが)。
無理やり段差を上がったところがあったような。
大岩の割れたところは気がつかなかったなあ。
- 大岩がいっぱい
ただ、何の落ち葉かわからないがよく滑るのと
照葉樹林の山はよく滑ります。
今日は、断崖絶壁の海崖の道を通ってましたが、滑る滑る…(^^;
岩場と照葉樹の落葉の取り合わせの悪さを初めて実感しました。
こここから続く口坊主・奥坊主を坊主揚げと「寺谷周行」の著者は言っているが、違うように思う。
これは、あり得ませんね。先日の樋ヶ谷中尾が、坊主揚げの道です。
確か、この著者は、武四郎翁に関しても間違ったことを書いていたように思います。
そうです。
松浦武四郎は、樋ヶ谷中尾を坊主揚げの道とちゃんと記述しています。
それを、勘違いしたのだろうと書いていますね。
ただ、この道にも多くの大木が残されており古くから使われてきたことがわかる。釣鐘堂跡や岩稜に口坊主・奥坊主もあることから修験者が修行を行った場ではないかと思う。修験者の拠点であった伊勢の朝熊山と熊野を結ぶ熊野古道から見える位置にあり、円空をはじめ多くの修験者が熊野古道を歩いていたことを考えると可能性の無い話ではない。それに関する歴史的な記録があればいいのだが・・・
面白いですね。
旧大内山村には、行者山・真弓行者山があって役小角が奉られてます。これより以南は、大峰詣でがあったようです。
寺谷ノ高近くで役小角が奉られているのは、どこだろう?天狗倉山にあったろうか?
修験道に関しては何が出てきてもおかしくない伊勢と熊野を結ぶ地域ですから興味はつきないですね。
木馬を運ぶ時の休憩場所としてこの小屋は使われていたのだろうか。この近くに湧水があるようだが、今日は流れていなかった。
この日は水は流れてなかったようですが、ここは休憩所というより、水は貴重ですから住居・飯場としてあったんでしょう。
そうでしょうね。炉もあったようですから。
しばらく上ると寺谷ノ高に着く。ここで初めて、嘉茂助谷ノ頭と県境稜線に大台ケ原、千尋ノ高と北部台高の広く輝く山々が大パノラマとなって全貌を見せてくれる。しかも、雲ひとつない青空の下、雄大な熊野灘とリアス式海岸が手に取るように見える。この景色は何物にもかえがたい。
嘉茂助あたりも見えましたか。
先日の嘉茂助では、眺望が果たせなかったですから、良かったですね~。
風も無く、いい眺望でした。
山からはなかなか見れない景色です。
それと、人とのかかわりを示すように枝割れの木が多くなってくる。
枝割れの木って、どんな木を云うのでしょう?
炭に使われたようなアガリコみたいな木です。
- 枝割れの木
寺谷ノ高を右に巻きながら下り。P768を過ぎた鉄塔尾根を下る。
高山までは行ってないんですね。「寺谷周行」のルートなんだ。
そうです。寺谷周行の逆コースです。
ここから次の鉄塔までは良い道だが、尾根上の地蔵さんのような大岩を巻ながらトラバースしていくあたりから怪しくなってくる。
えっ、そんなに怪しい巡視路ですか(^^;。
今回のレポ、わりばしさん結構丁寧に案内されているけど…(^^;
大岩を巻くあたりは怪しかったですね。
なかなかいろいろ楽しめたコースだったので、いつもより長めになってしまいました。
寺谷ノ高の稜線は、木馬道に小屋跡、古木の切り株に枝割れの木と昔の人のいとなみを感じることのできる道だった。修行の尾根といとなみの稜線という二つの顔を見せてくれた寺谷周回だった。天候にも恵まれ良い〆の山行ができた。
この山域、おもしろい山域ですよね。岩もあって眺望もいいし。
歴史については、尾鷲・相賀の庄屋文書が読み解かれると新たな発見があるかもしれません。
わりばしさん、いい年〆の山行でしたね。
いろいろとお世話になりました。また来る年もよろしくお願いします。
庄屋文章ですか。
それ以前に、昔の字が読めないと難しいなあ・・・
こちらこそ、たくさん遊ばせていただきありがとうございうました。
来年もよろしくおねがいします。