【 日 付 】2024年2月9日(金曜日)
【 山 域 】比良
【メンバー】山猫単独
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】釣瓶岳登山口9:18~10:43イクワタ峠~11:21釣瓶岳~12:26武奈ヶ岳12:36~13:19釣瓶岳〜14:17登山口
今年はまだスノーシューを履いていないのだが、この週末はスノーシューを履く最初で最後の機会となるかもしれない。晴天を見越していたわけではないが、この日は雪山に行くことを心に決め、前々から休みを入れていたのだった。
脳裏に白銀の稜線の追憶を求める。真っ先に思い浮か部のは釣瓶岳の北稜であった。人気度は武奈ヶ岳には比ぶべきもないが、積雪期においてはその北稜は比良における最もお気に入りの場所である。昨年のこの時期にも家内と共に辿ったところであるが、この日は家内は都合が悪いので一人で出かけることする。
早朝からの登山の可能性も考えていたので、明け方の3時半ごろに起き出し、家の外に出てみると京都市内の上空は雲の合間から星が見えてはいるが、北の方角には重苦しく雲がかかっている。早朝の出発は諦めて布団の中に潜り込む。
再び起き出してみると雲のほとんどない晴天が広がっている。用意を整えるとR367を北上する。花背トンネルを抜けて安曇川の流域に入っても周囲の山肌にはこの時期にしては驚くほど雪がない。
栃生の水地蔵の道路余地に車を停めて出発する。林道の入口では一人の制服姿の男性が立っており、工事中につき一般車両進入禁止との立看板が立てられている。林道は綺麗にコンクリートで舗装されている。おそらくは堰堤の工事でも行われているのだろう。
この時期は林道脇から尾根の末端までショートカットをするのが常なのだが、積雪が全く無いせいで茨の藪が行手を遮る。それでもトレッキング・ポールで茨を押さえつけてなんとか藪を突破する。
後を振り返ると、背後には純白に輝く白倉岳の稜線が視界に飛び込んでくると思わず瞠目する。どうやら昨夜のうちに山の上では降雪があったようだ。ということは釣瓶岳の山頂部では樹氷を纏う樹々の光景が期待出来そうだ。
再び林道に合流したところで左手の斜面に取付くとすぐにも明瞭な堀割の古道が現れる。かつてのコメカイ道、琵琶湖側の鹿ヶ瀬に米を買い求めるために昔の人々が往来した道だ。古道の上にわずかに積もった雪の上には数日前のものと思われる薄いトレースが残っている。北の方角からは頻繁に大きな爆発音が谷間に轟く。自衛隊の饗庭演習場における砲迫の音だ。
標高500mほどで植林の上部に至ると早速にも雪がつながり始める。植林を抜けるとアカマツの多い自然林に入ると、尾根上には2018年の台風による倒木の集中地帯が現れる。以前、台風の後でこのルートを通ったことがあるが、地元の方が迂回路を整備して下さっているところであった。倒木を越えて尾根の南側に出ると、倒木のせいで展望地が出来ている。武奈ヶ岳から釣瓶岳にかけて陽光を浴びえて白銀に輝く稜線が視界に飛び込んでくると、一刻でも早く稜線に辿り着きたい気持ちに駆られるのだった。
笹峠道との分岐を過ぎて登山道が尾根を辿るようになると、尾根上には霧氷を纏った樹々が現れる。積雪が増え、先行するトレースの主はワカンを装着したようだが、そのトレースを辿る限りほとんど沈み込むことがない。緩やかに高度を上げ、ca840mで尾根が左手に曲がると小さな雪原に飛び出し、蛇谷ヶ峰にかけての稜線の展望が一気に広がる。
イクワタ峠にかけての区間は尾根の左手は展望が広がっているので、終始、蛇谷ヶ峰を眺めながら歩くことになる。
尾根の右側には樹氷を纏った樹々の回廊となっている。樹々の表面をよくよくみると普段見かける霧氷とは異なり、透明なものが多いことに気がつく。どうやら霧氷ではなく雨氷のように思われる。雨氷を纏った樹々に触れるとカタカタと聞きなれない音がするのだった。
イクワタ峠に到達すると釣瓶岳にかけて雪庇の発達した稜線に白銀に輝く樹々が視界に飛び込む。例年の積雪期の釣瓶岳の姿ではあるのだが、今年の寡雪においてはこのような光景を見ることは全く期待していなかったので、期待以上の景色と言わざるを得ない。
先行するトレースはイクワタ峠から北に向かっているようであり、ここからは完全にノートレースとなる。いよいよスノーシューの出番だ。トレースをつけてしまうのが勿体無いほどの綺麗な雪庇の尾根をスノーシューで歩く充足感に浸りながら高度を上げてゆく。まさに快哉を叫びたくなるようなところだ。
この北稜が魅力的の一つはブナの叢林から離れてところどころに点在するブナの孤樹の佇まいだ。尾根上の樹々には雨氷の表面にさらに霧氷がびっしりと発達しているようだ。美しい樹影に出遭うたびに歩みを止めることになるので、なかなか先に進めなくなる。高度が上がるにつれ樹々の表面を覆う樹氷は普段よく見るような霧氷へと変化した。
そしてもう一つ、この釣瓶岳北稜が魅力的に思われるのは高度が上がるつれ背後に広がる蛇谷ヶ峰にかけて延々と伸びる奥比良の稜線、野坂山地の山々、足元には鹿ヶ瀬や畑の棚田、そしてその先にある琵琶湖の光景である。
琵琶湖の対岸には冠雪した伊吹山、金糞岳が見えるが、横山岳のあたりに視線を移すと、横山岳の山の姿がよくわからず、代わりにその彼方に白く大きな山が見えているのだった。白山だ。白山から手前には重畳と連なる山々が見えている。少し手前で左手に見える白くなだらかな山は上谷山だろう、対照的に右手に見える三角錐状の鋭鋒は蕎麦粒山に思われる。
釣瓶岳の山頂からはすぐにナガオの尾根に入る。広々としてなだらかな尾根はまるで霧氷の迷宮のようだ。霧氷の樹々の間からこぼれ落ちる陽光が雪の上に明瞭なコントラストを描いている。先に進むにつれ樹々の間から正面に武奈ヶ岳の姿が大きくなってゆく。ナガオの尾根が南東に向かって大きく曲がるところで、尾根を直進し、広谷に向かって下降する。
雪の間に刻まれた広谷の細い流れを難なく渡渉するとまずは対岸の小ピークca1070mに向かって登ってゆく。このca1070mから武奈ヶ岳の東斜面には広々とした積雪期には快適な雪原が広がっている。
ナガオから眺めた時には気がつかなったのだが、雪原には一筋のトレースが刻まれていた。あるいはこの短い時間の間に誰かが通過したのだろうか。トレースはca1070mから尾根を東進し、イブルキのコバの方に向かっているようだった。いつしか空には雲が広がっていたが、雪原を登る間に再び蒼空が広がり、雪原に佇む樹々を明るく輝かせる。背後には釣瓶岳から辿ってきたナガオの好展望が広がり、爽快に雪原を辿る。
雪原を登り詰めるとわずかばかりのブナの叢林に入るが、ここも雰囲気の良いところだ。叢林を抜けると武奈ヶ岳の山頂まではすぐだ。丁度、昼時でもあり、山頂には数名の登山者が休憩しておられた。コヤマノ岳は云うに及ばず、白滝山、森山岳のあたりの樹林にもしっかりと霧氷が発達しているようだった。山頂の東側で風を避けてコーヒーとどら焼き、クッキーで休憩をすると武奈ヶ岳の北陵に入り帰途につく。意外ではあったが、北陵にもまったくトレースはなかった。霧氷を纏うブナの樹々を眺めながら、雪庇の発達した北陵を下降してゆく。
やはり今年の雪の少なさを痛感するのは鞍部となる細川越が近づくと藪が所々で現れることだ。これまで幾度も積雪期にここを歩いているが、このようなことは記憶にない。幾度か通過できそうな箇所を探して尾根を右往左往することを強いられる。
尾根の小ピークca1040mに達するとここは小さな雪原が広がっている。振り返ると背後には武奈ヶ岳の霧氷の樹林の中に辿ってきた北稜が白い一筋の線条として輝いているのが目に入る。
ca1040mからは藪の露出もなく、難なく釣瓶岳に帰還する。少し風が出てきたのだろう。風にゆられた枝からはカタカタと音を立てて霧氷が落下してゆくが、樹冠にはまだ十分な霧氷が残っている。明日までも霧氷は残っているのではないだろうか。
下山は釣瓶岳から北西に伸びるハタケ谷の左岸尾根を下降する。この下降のルートは昨年にも下山で辿ったコースでもある。尾根上部は霧氷の発達した自然林の中をダイナミックに下降してゆくが、まもなく延々と続く植林の尾根に入る。尾根の下部の緩斜面になり左手に集落が見えるようになると、かつての田畑の跡と思われる石垣による段々が頻繁に現れる。最後は尾根の左側の縁から植林の斜面を下降して、水地蔵の裏手に着地する。比良の雪景色を十分に堪能する山行であった。