【大峰】「しずくの旅」神童子谷
◆山域:大峰山脈 神童子谷周辺
◆山行日 2023年9月17日〜18日
◆天候 17日 晴れ 18日 曇り時々晴れ一時雨
◆メンバー 平、育、アオバ*ト
◆ルート
17日 大川口7:45〜神童子谷〜釜滝の上テント設営〜ノウナシ滝〜テント場15:40
18日 テント場6:45〜犬取谷ニノ滝〜一ノ滝〜テント場〜神童子谷下降〜大川口12:50
今年の春、スノーシューを押入れにしまった次の週から、大峰の山々に通い始めた。
5月の連休以後は、奥駈道の稜線から流れてくる沢にも入ってみた。
弥山川から始まって、赤井谷、池郷川上流部、前鬼川、そして神童子谷。
弥山川はスケールの大きな現実離れした光景が映画のシーンのように次から次と目の前に迫ってきた。
赤井谷を遡って稜線に上がると釈迦ヶ岳という山が内包している神聖で清々しい空気がそこら中に満ちていた。
今までいちばん好きな山はどこかと聞かれても???だったのが、もしかしたら釈迦ヶ岳がいちばん好きかもしれないと思った。
池郷川上流部は、ヌルヌルでツルツル滑って大変だったけれど、極上のテント場で一晩過ごすことができた。
息をきらせつ詰め上がった嫁越峠から持経の宿までの稜線は、ここは天国かと思えるほど美しかった。
前鬼では、念願だった五鬼助さんご夫妻とお話しできた。
「オニ雅」さんのこと、「ニホンオオカミ」のこと。
生まれたばかりの水がしずくの滝となって箱状廊下に流れてくる光景には、ただただ驚嘆するのだった。
本当にどの谷もそれぞれにすばらしかったけれど、いちばん好きになったのは神童子谷だった。
神童子谷は、ネット上に記録と写真があふれている。美しくて、可愛くて、楽しくて、抱きしめたいほどにすばらしくて、
誰にも愛されるのがよくわかった。
たくさんの記録があるので、私があらためて書くこともないけれど、少しだけ気に入ったことについて書いてみたい。
林道終点の橋を渡って谷へ降りていくと
いきなり「トガ淵」という淵がある。すごく透き通っていてそんなに深く見えないのに足はつかない。
というか最初はつくんだけど、ツルツル滑ってへつらせてもらえなくて、いきなり泳がざるを得ない。
このツルツルが、楽しくてたまらない。
「へっついさん」も、とてもとても美しいところだ。
赤鍋滝の上の小さな釜と小滝が連続するところでは、一瞬のうちに脳内から大量の興奮物質が噴き出される。
小さなポットホールに落っこちないよう濡れた恐竜の背中を突っ切る。一瞬泳いでトラロープにすがって夢中で登る。
見下ろすとソーダ水のように渦巻くポットホールとくすんだ灰色の恐竜の背中があまりに美しくて、再び引き込まれそうになる。
釜滝までやって来る。沢登りの本の裏表紙を飾る二条の美しい滝。
向かって右側は右俣ノウナシ谷から流れてくる滝。左は本谷犬取谷から流れてくる滝。
タイラさんは、右も左も登ってご満悦だ。
少し戻って右から巻き上がると、落ち口はとても印象的で美しいところだった。
犬取谷側左岸にテント場がある。焚き火跡が10個近くあった。
みんながちゃんと痕跡消して行ってくれたら、もっとすてきなテント場になる。
テント張ったら、空身で右俣ノウナシ谷に入る。入ってすぐのところに、超絶美しい小滝がある。
こんなに端正で清々しい滝音を静かに響かせて佇む美しい滝を今まで見たことあっただろうか。そばに近寄って何枚も写真撮る。
右岸比較的低いところにバンドが見える。けれどここはちょっと難儀する。真ん中あたりがハングしていて足元は乏しい。
ほんの少しのことなのだが、ロープ出してもらう。川床に降りると、川床いちめん、美しい白い岩のナメが広がっていた。
山と高原地図には、この辺り、「上十五日」「下十五日」と記されている。
さっきの端正な小滝のことを「上十五日」というのだろうか?
しばらく歩くと対になるような広く浅い釜を持った可愛らしい小滝が現れた。
この滝と言うにはあまりに可愛らしすぎる小滝が「下十五日」なのだろうか?
歩き疲れてきた頃、連瀑帯が現れ、それをやり過ごすと突然壁いっぱいの大滝が現れた。
ノウナシ滝だった。釜が浅いので、すぐ下まで近づける。低いところに虹が掛かっていた。
見上げると、水飛沫がキラキラと降り注いできた。
満ち足りて、テント場に戻る。
私たちは、魚釣りをしないので、イワナのご馳走はないのだけれど、
沢では水がたっぷりあるので、パスタを茹でることが多い。
持ってきたパスタソースはピエトロの「絶望スパゲッティ」。
ペペロンチーノソースに香味野菜とイワナならぬイワシが入っている。
このイワシ入りのペペロンチーノ、イタリアでは、どんなに絶望しているときにもおいしく食べられると言う。
強烈なインパクト与えるネーミングがすっかり気に入って、今日の夕食の主役になった。
翌朝、テントを張ったまま、再び空身で、こんどは本流の犬取谷に入って行く。水はそれほど冷たくない。
ノウナシ谷は平流の部分が多かったのだが、犬取谷は適度に楽しい小滝が次から次と現れて、夢中になる。
やがて美しい廊下を持ったニノ滝が現れて、左岸の岩棚を巻くと、すぐに立派な一ノ滝の前に来た。
こちらも左岸の高いところにバンドが見える。かなり高度感があり往復するのは躊躇った。
タイラさんひとり落ち口まで高巻いてみたいというので降りて来るのを待って、ここで引き返した。
テント場に戻り、二股の岩の上でお茶会して、テントたたんで神童子谷を下った。
下りも登り以上に楽しいのは、誰もが書いている通りだ。
帰ってから、大きな地図を広げてみた。
神童子谷がどこから来てどこに流れていくのか、ぼんやりとわかっていたけど、もう一度ちゃんと辿ってみようと思った。
新宮の熊野川の河口から、熊野川を遡ってみる。やがて北山川と分かれて十津川と名前を変える。
大塔で東へ方角を変えて天丿川になって、天河神社の横を通って川合に着いて、
川合から川迫川になって、次第に両側の岸壁が立ってきて川迫渓谷になって、
国道から離れて神童子谷になって、二股から本流は犬取谷になって、
稜線直下でレンゲ坂谷になって、最初のひとしずくは山上ヶ岳から湧いてくるのだった。
山上ヶ岳で生まれた聖なるしずくは神童子谷の釜滝から流れ落ちて、いろんな支流と合流してどんどん流れて行って、
いつしか大きな大きな熊野川になって海に注ぐのだと思うと、とても感慨深かった。
自分は、しずくの生まれる場所を見ることはできない。
けれど、聖なる山々に囲まれた神童子谷という美しい場所で、
しずくと出会って、戯れて一緒に旅をしたのだと思うと、とても幸せな気持ちになるのだった。
アオバ*ト