【 日 付 】2021年2月27日(土曜日)
【 山 域 】江美国境
【メンバー】山猫単独
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】八草トンネル東側 旧国道入口5:02〜8:10金糞岳8:14〜8:35白倉岳8:45〜8:58県境尾根分岐(八草出合い)〜10:19八草峠〜12:44土蔵岳12:54〜13:28大ダワ13:53〜15:01駐車地
快晴の金糞岳の山頂から北に蛇行しながら伸びてゆく長い雪稜を眺めると、いつかはこの雪稜を辿ってみたいと思う人は少なくないだろう。雪の金糞岳の山頂に立ったのは2018年の春先だが、一昨年、昨年とその機会を逸していた。この日なら長大な北尾根を辿って山頂にたどり着けるのではないかと考え、ふと金糞岳への山行が頭に思い浮かんだ。
週初めの予報では週末は天気はあまり良くなさそうであったが、いつの間にか晴天の予報へと転じいてう。おまけに日本海側を通過する高気圧のせいで気温はそれほど上がらなさそうだ。今週は水曜日にも気温が低い晴天となり、横山岳〜三国岳へと江美国境を縦走する機会に恵まれたのだが、この土曜日も同様に雪が快適に締まっていることが期待されそうだ。
前回の江美国境の縦走の山行でも思ったが、天候等の条件により周到に山行先を選択しているように思えるが、その機会というのは意外と思いがけず訪れるのかもしれない。いつか辿りたいと強く心に秘めていた山行では特に。
問題は下山ルートである。山行前の計画ではピストン往復か八草峠からの林道を下山するつもりでいたのだが、山頂に到着した時間と気分で決めようと考える。八草トンネルに到来すると、全長がわずかに3025mと表示されている。それならば歩いても40分とかからないだろう。それならばと下山は八草トンネルの西側に降りて、トンネルを歩いて戻るのが良さそうだがとコースを修正する。
八草トンネルを抜けて岐阜県に入ると、オレンジ色の街路灯が異世界を思わせる。旧国道の除雪された入口に車を停めると街路灯の下で準備を整える。取付きの尾根芯は藪が密生しているので、尾根のわずかに右手の藪のない斜面から取り付く。雪が締まっているお陰で楽に上がれるが、この斜面で雪が腐っていると苦労しそうだ。
やがて尾根芯に乗るとすぐに痩せ尾根となる。雪が切れて露出しかけている足元の藪の中から突然、毛むくじゃらの小動物が飛び出した。一見、狸にも見えたが、モコモコとしたぬいぐるみのような体型と愛嬌のあるしっぼ・・・アライグマだ。あっと思っているうちに続けさまにもう一匹、足元から飛び出して闇の中へと消えていった。写真にその愛嬌のある姿を収めることが出来なかったのが残念だ。
尾根を進むとその先でヘッデンの明かりに反射する一対の双眸がある。先ほどのアライグマならいいのだが。痩せ尾根を過ぎると尾根は取付きの藪尾根とは対照的に樹木のまばらな快適な尾根となる。明るければ背後には展望が望めるようだ。
登るにつれて西の稜線の上に満月が昇ってゆく。もちろん地球が逆回転を始めた訳ではない。急に高度が上がることで八草川の対岸の尾根のシルエットが下がってゆくので、そのように見えるのだ。残念ながら空は薄曇りのようだ。晴れていれば月明かりが尾根筋を美しく照らしてくれたことだろう。
やがて尾根上には山毛欅の樹が現れる。p845の手前のピークは樹高の高い山毛欅の壮麗な樹林となっていることに気がつく。樹々のシルエットがおぼろげに薄明のシルエットに浮かび上がる。この素晴らしい樹林を未明の時間に通過してしまうのが勿体無いような気がするが、今日はまだまだ山毛欅の樹林に遭えだろう。
やがて東の空が明るくなってゆく。p845から鞍部に下ると登り返しは見上げるような急峻な痩せ尾根となり、尾根芯には昇り竜のような雪庇がついている。尾根から東側に張り出した雪庇の上を歩くことは論外ではあるが、西側の急斜面も藪が濃密だ。藪こぎをしながら尾根芯の右を進むが、スノーシューを履いたままなので機動性が極端に悪い。尾根芯に雪が現れたところで、いざ雪の上に出ようとすると雪がガチガチに締まりすぎていて容易に上がれてない。
この難所の通過に時間を要したが、その困苦を労ってくれるかの如く、ここからは一転して好展望の快適な尾根となる。背後には・・・そして間も無く東の空、恵那山のすぐ右手から朝日が昇り始め、雪の斜面を橙色に染め上げてゆく。
地図では尾根は長いが、緩やかに波打つ起伏の緩やかな尾根は快適に進むことが出来る。高度が上がるにつれ、東の稜線の彼方には中央アルプス、御嶽山、乗鞍の山々が雲に浮かんでいる。さらにその左手の彼方に見える銀嶺は北アルプスだろう。
やがて右手の斜面から唐突に数日前のものと思われるスキーのシュプールが現れる。どうやら八草峠への旧国道から八草川にかかる橋を渡って登ってこられたのだろう。
広々とした尾根には疎らに山毛欅の叢林が現れるが、尾根を登るにつれ、樹々が徐々に少なくなり、開放感の溢れる広々とした雪原が続くようになる。しかし、尾根が緩やかなせいで、肝心の金糞岳の山頂部はなかなか目にすることが出来ない。白倉岳と共になだらかな金糞岳の山頂が視界に入ったのは山頂まで1kmほどのp1211へと登り詰めたあたりだった。
緩やかに雪原を歩いて山頂に到達すると、青い大きな湖が真っ先に視界に飛び込む。滋賀の山は琵琶湖を見ながら山頂に到来するところだ多く、登るにつれて琵琶湖の眺望が大きく広がってゆくことになるが、いきなり山頂から琵琶湖を目にすると改めてその大きさに感動する。改めてこの山が滋賀県の山、琵琶湖の水源の山であることを認識する。そして左手には伊吹山の手前には秋に辿った天吉寺山からカナ山への稜線が目に入る。
金糞岳の真っ赤な山名標はこんなに低かったかと思うほど低く感じる。山頂にはまだかなり雪が多いのだろう。それにしても、山頂はかなりの強風である。この暴風のなか長時間いるのは耐え難いものがある。
早々に白倉岳への吊尾根へと下降する。わずかに降っただけでも風はすぐにましになる。白倉岳にかけてはさすがにかなり多くのトレースがある。白倉岳に登りかえすと山頂は再び暴風だ。昨年の秋、己高山から縦走してきた際は灌木が眺望を遮る箇所が多かったことを思い出すが、この日はどこからでも白山を容易に眺めることが出来る。白倉岳からは八草分岐にかけて琵琶湖を眺めながら下降することが出来るのが嬉しい。
- 北尾根を振り返って
白倉岳をとり巻くように周回すると、南側から西側へと回り込むにつれて、山の姿が大きくなってゆく。そして南東側には純白の斜面しか目に入らなかのが西側には意外にも多くの樹々が生えていることに気がつく。
八草分岐からは再びトレースの尾根に踏み込む。尾根の始まりは山毛欅の疎林から始まる。山頂の強風は嘘のように樹林の中は風もなく穏やかな朝陽が差し込む。樹林を抜けると雪庇の張り出した尾根の先には八草峠に向かって緩やかに下降しては土蔵岳と大ダワへと緩やかに登ってゆく稜線が目に入る。
時間はまだ9時を少し先回ったところ、このままだと昼前に下山しそうだ。八草トンネルの西側に下降するのはやめて稜線の先にあるピークまで足をのばすことを考える。
この尾根は上から眺めた時には樹林が多いかと思っていたのだが、意外にもパノラマが続く。左手には横山岳、土蔵岳と大ダワの彼方には上谷山、三国岳、三周ヶ岳、高丸、烏帽子山といった湖北から奥美濃にかけての山々を俯瞰しながら尾根を北上する。
八草峠を過ぎると展望はなくなり、いくつもの小ピークのアップダウンを繰りかえす。しばらくは藪混じりの樹林を進むことになるが、八草トンネルの上に差し掛かる頃には自然林の快適な尾根になった。
土蔵岳の南西尾根のp937への登りは樹高の高い山毛欅の間を登ってゆくことになる。尾根の展望地から振り返ると金糞岳から辿ってきた長い尾根、そしてそのすぐ左手に登りで辿った北尾根がようやく視界に入る。
P937に至ると山毛欅の大樹が点在する広々とした雪原の上に出る。ここからは土蔵岳にかけて緩やかな起伏を描く丘陵が連なり、彼方には蕎麦粒、湧谷山、天狗岳の展望を仰ぐ素晴らしい光景が広がった。丘陵の上に広がる山毛欅の疎林の景色はまるで造られたジオラマのようだ。
土蔵岳の山頂に到着すると単独行の男性が休憩しておられるところだった。岐阜百山と続百山を登っておられるらしい。以前もこの土蔵岳から快晴の日に金糞岳を眺めたが、この日の眺望は特別な感慨を伴う。ほぼ並行に走る北尾根と江美国境尾根の遠大さに、この二つの長い尾根を縦走することが出来た幸運をヒシヒシと感じるのだった。
大ダワにかけては起伏のゆるやかな稜線を進む。「快晴の大ダワ・土蔵岳はまるで天国」という副館長のフレーズを思い出す。壮麗な山毛欅の樹林と南側に雪庇が張り出した展望の尾根が繰り返される。今日は目線で何度も北尾根と江美国境稜線を辿っては午前中の山行を反芻するのだった。
大ダワの山頂から眺める展望は既に十分に堪能しているので、山頂を辞し、その北側に広がる台地へと足を踏み入れる。山頂の界隈には無数のトレースで固められているがここにはトレースは一切、見当たらない。
ここはなんとも贅沢な空間だ。緩やかな起伏を描く台地の上には山毛欅や楢、トチノキが疎らに生える、その多くが個性的なシルエットの大樹だ。広々とした樹間を気の向くままに歩むうちに、丘陵の北側に出ると、北側の眺望、すなわち今日の半日、ずっと眺めた上谷山から高丸へと至る山々が再び目の前に広がった。この景色もこれで見納めだ。
再び、広々とした疎林を歩いて山頂に戻る。午後の陽光を受けて遠くで琵琶湖が金属的な光を反射している。岐阜の山から琵琶湖が見えることは不思議なような気がしたが、大ダワは土蔵岳の山頂の一部のようなものなので・・・というと岐阜県民に怒られるかもしれないが・・・琵琶湖が見えることは何ら不思議ではない。しかし、改めて感がてみると滋賀県に隣接する他府県から琵琶湖を眺める機会はまずない、逆に言えば琵琶湖畔からは他府県の山を望む機会がないことに今更ながらに思い至る。
下山ルートは必然的に大ダワと土蔵岳の中間部のp1024から南に伸びる尾根を辿る。細尾根には最初は山毛欅の回廊が続く。尾根にはトレースはないものと思っていたが、尾根の下部に至るとしばらく前のものと思われるそこはかとないトレースがある、一見したところでは分からないが、雪の乱れや色の違いから辛うじてトレースの跡が伺われる。私が斜面からトレースをつけるラインを読むと、そこにトレースの跡が浮かび上がってくる。それは三週間前に私がつけたトレースだったのだ。ということはこの三週間の間にこの尾根の下部ではそれほど雪が降らなかったということだろう。しかし、三週間前の時とは異なり、雪はそれほど腐ってもおらず、雪を踏み抜くことも全くなかったのはこの日の気温のおかげと思われる。
駐車地に戻るともう一台の車が停まっていた。小さな子供も二人乗っていた。運転席にいらした男性が降りて、ご挨拶に来られる。お手製のワカンで子供達と共に積雪した旧国道で遊んでおられたとのこと。男性が宜しければスノーシューを見せて欲しいと仰る。
「もしかして、ここは良く来られるんですか? 三週間ほど前にもこの車が停まっていたように思うので・・・」「確かに、その時にここに車を停めて、近くの山を登っていました」
それにしてもお手製のワカンを作って雪の上で遊ばせてくれるなんて何て素敵な父親だろう。将来、成長した子供は間違いなく雪の金糞岳北尾根に登ることだろう。
八草トンネルを抜けると電光掲示板の気温は5度を示している。この気温の低さ故に歩くことが出来た周回であった。木之本から飯浦の琵琶湖の畔に出ると、先ほど、大ダワから眺めた眩しい輝きがすぐ目の前に大きく広がっていた。