【 日 付 】2021年1月30日(土曜日)
【 山 域 】京都北山
【メンバー】山猫単独
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】市後谷出合(三軒家)13:45〜見後谷右岸尾根〜15:00経ヶ岳〜15:40イチゴ谷山〜16:00p909〜16:50駐車地
前日に日本海を通過した爆弾低気圧のせいもあってこの日は西高東低の冬型の気圧配置となる。京都は朝から晴れの予報ではあったが、朝起きると小雪がちらついている。午前中に市内で用事があったのだが、前夜から降り積もった雪を期待して午後から山に出掛けることにする。
大原を過ぎると午後の陽光を浴びてホッケ山が眩いほどに輝くホッケ山が視界に入る。前日とはうって変わり、南比良の山々はすっかり白くなっているようだ。花折峠の下のトンネルをくぐると周囲の樹々の着雪の度合いが一段とグレードアップする。川端康成の小説の有名な一節を思い出すが、冬の時期はこのトンネルを境にまるで景色が異なる。
権現山の登山口となる平のあたりには多くの車が停められている。小女郎ヶ池への登山口の坂下に回ってもやはり登山者のもの思われる多くの車が目立つ。このコロナ禍にあっては人の多い山にどうしても二の足を踏んでしまう。
午後になっても天気予報では北の方は天気が回復しないことになっている。確かに安曇川の流れる谷の下流は灰色の雲の中だが、午後には雪が止むいう予報を信じて北の山に向かうことにする。眺望には恵まれなくともトレースのない新雪のトレイルを歩く方がはるかに雪山を歩く悦びは大きい。
久多の集落を通り過ぎて果たしてどこまで除雪されているか心配ではあったが、三軒屋と呼ばれる市後谷の出合のあたりまでは問題なく入ることが出来る。廃屋に隣接した道路脇の広地に車を停める。雪も降り止んだ。
道路はその先にある久多の浄水場まで除雪されているようだ。ここからは新雪の降り積もった林道を歩くことになる。見後谷の出合にくるとこの右岸尾根が経ヶ岳に至る尾根になるのだが、まずは見後谷の左俣に入ったところにある滝を久しぶりに訪れる。
滝は二段からなるのだが、下段の滝には杉の倒木が凭れ掛かり、すっかり見栄えが悪くなってしまっている。
右岸の斜面を高巻いて上段の滝下を目指すが、斜面にかかる数本の杉の倒木がアプローチを難しくする。倒木を越えて滝下に至る。滝を去ろうする段になって、前日の口ノ深谷の滝と同様、この日も滝に陽光が差し込み、一瞬だけ流心が明るく輝いた。
滝からは斜面をトラバースして尾根芯にのる。すぐに植林から自然林に変わるのは有難いが、この尾根の下部はかなりの急斜面である。下降ルートに選択しなくて正解であった。薄く積もった新雪のせいもあり、下降はかなりの困難が予想される。尾根の急峻な取付きを避けるなら経ヶ岳の山頂に直接突き上げる見後谷の中尾根を選択する方が賢明だろう。
尾根の傾斜は登るにつれて次第に緩やかになる。下生えが少なく藪に煩わされることがないのが救いだ。ca650mを過ぎて尾根がそれまでの北向きから北東に向きを転じると、歩きやすくなだらかな尾根となる。ある時点から急に積雪が増えることが多いが、経ヶ岳の山頂が近づいてもさほど積雪が増える気配はない。しかし山頂が近くなると、足元の雪の下には根雪があるのがわかる。
山頂から西側には樹高の高い山毛欅の樹が立ち並ぶ自然林の山頂台地が広がっているが、経ヶ岳の山頂標があるのは東側の植林の中である。経ヶ岳の山頂は以前は山名標もない殺風景なところであったが、いつの間にかbiwaichiや高島トレイルの真新しい山名標が立てられている。
経ヶ岳の山頂からはしばらくは急下降であるが、ひとしきり山頂直下の下降が終わるとミゴ越にかけてなだらかな尾根が続く。尾根にはミゴ越が近づくとユズリハの藪が現れるが、高島トレイルとして整備されているせいもあるだろうか、ユズリハの藪の中にはしっかりと切り開かれた登山道があり、通過に難儀することはない。
ミゴ越を越えて、植林の中をわずかに登るとca820mのピークだ。このピークの南西斜面に出るとそれまでの薄暗い樹林から開放感のある広い雪原に飛び出し、経ヶ岳、三国岳から天狗岳に至る久多川の源流域を取り巻く山々のパノラマが視界に飛び込んでくる。正面にはp936の雪原もよく見える。ここは以前にも見後谷を詰めてイチゴ谷まで登った時に歩いているのだが、この展望地に気がつかずに通過しているのがなんとも勿体なかった。
山々の上からはすっかり雲が取れて、薄曇りの空から柔らかな日差しが降り注ぐ。何よりも嬉しい誤算であったのはこの好天だ。高島市あたりの天気予報は大きく外れたようだ。経ヶ岳の右手には白銀に冠雪した百里ヶ岳も見える。
稜線に戻ると山毛欅が目立つ自然林の尾根を辿ってイチゴ谷山に向かう。イチゴ谷山は経ヶ岳と同様、山頂部が植林に覆われているのが残念だ。イチゴ谷山の植林の中の薄暗い山頂は相変わらずだが、ここも高島トレイルの真新しい道標が建てられ、さらに驚いたのは真新しい木彫りの大きな山名標が架けられていることだ。
午後の西陽の中を最後のピークP909を目指す。途中のほぼ中間地点にあるca890mの平坦なピークは大杉が印象的である。ここでも先ほどのイチゴ谷山の山頂標と同じ作者によるイチゴ谷山の中峰と彫られた真新しい山名標が架けられていた。
南側の源頭部にはひときわ大きなトチノキの巨樹が存在感を放つ。源頭の彼方には蓬莱山が西陽に白く輝いているのが見える。
ここからp909にかけて次々と山毛欅の大樹が現れる。ここはまるで大樹のプロムナードだ。
p909の山頂が近づくとを金属的な光沢を帯びた蒼空を背景にリョウブの樹々のシルエットが浮かび上がる。山頂から眺める比良の景色を期待して、蒼空を目指して一気に山頂へ登り詰める。
山頂からは西陽を浴びて琥珀色に輝く比良の稜線が視界に飛び込む。武奈ヶ岳の山頂部はひときわ白く輝いているのが遠目にも明らかだ。一晩で霧氷がついたのだろう。初めてこのピークを訪れた厳冬の日は景色は霧の中であった。この山頂からの素晴らしい比良の展望を知ったのは新緑の季節だったのだが、再びこの山頂から雪景色を眺めたいと思っていたのだった。
ここにもイチゴ谷山と同様の木彫りの山名標も架けられている。山名標によるとここはイチゴ谷山の最高峰ということらしい。驚いたのは真新しい高島トレイルの標柱にカラ滝山という山名が記されていることだ。この山の魅力は無名峰であるにも関わらず、という条件が付いていたのだが、山名がつくとなると話は別だ。そのうちに新たな山名が人口に膾炙することになるのだろうか。
山頂部では急に積雪が増え、20cmほど、膝下ほどまで沈むようになる。風もほとんどなく、なんとも穏やかな好天だ。山頂でゆっくりしたいところではあるが、時刻は既に16時を過ぎている。下山の尾根の様子がわからないので、あまりのんびりとはしていられない。
p909からは西側に広がる広い斜面を下降する。山頂を振り返ると、斜面の疎林の上いは驚くほど青い蒼空が広がっている。広い斜面は斜面はやがてなだらかな尾根に収束してゆく。尾根の右手のイチゴ谷の源頭にはここでも天に向かって手を伸ばすような枝ぶりのトチノキの大樹が圧巻の存在感だ。
尾根は下生えの低木の藪があるが、落葉しているせいもあり、藪漕ぎに難儀するような箇所はない。ca710mで尾根が平坦になるとユズリハの藪が現れるが、西に伸びる尾根に進むとすぐにユズリハの藪もなくなる。尾根の下部では複雑に蛇行するがca600mで植林となる。尾根の末端は急峻であるが、間伐材の散乱する右手の斜面を下ってイチゴ谷の林道に着地する。
久多川に沿って県道を走ると、路面でスリップしたのだろう。寒霞渓の急カーブのところでミニバンが横転している。道の脇では男性が携帯で救援を呼んでおられたようだ。横転の仕方によっては道を塞いでしまったことかもしれないが、なんとか車一台が通れるだけの余地がある。「大丈夫ですか?」とお声がけすると「体はなんともないんやけど」とのこと。それよりも深い谷間に車が転落しなくて何よりだった。
京都に向かうと空には明日にかけて再び天気が崩れるという予報が信じられないくらいの綺麗な残照が広がっているのだった。短時間ながら新雪のトレイルに巨樹、そして望外の好展望を楽しめた午後であった。