【日 付】 2021年1月21日(木)
【山 域】 伊吹山
【天 候】 晴れ
【コース】 上平寺公民館P~△838・7~中尾根~山頂台地~南東尾根~△899~△794先のカーブ地点~
△586・3~藤古川に架かる橋~P
伊吹神社にごあいさつをして登山口に向かう。雪で覆われた道の上には足跡が刻まれていた。
あんなに白い伊吹山と見つめ合ってしまったら、参らずにはいられなくなっちゃうものなぁ。
わたしと同じような思いでやって来たであろう誰かの足跡の上に、きゅっと足裏を重ねる。
白い山への畏れと憧れ。人を山へと駆り立てるもの。時代や国を超えてわたしたちのこころに宿るもの。
わたしのからだを流れる血の中に、とおいむかしから受け継いできた砂金のような熱い光を感じながら歩みを進めていく。
うっすらと雪を被った裸の木々を眺めていると、枝の先が橙色に煌めき、目に映る風景すべてが朱色に染まった。
振り向くと、谷の向こうのお山から真っ赤な太陽が顔を出しているところだった。
いつの時代も変わらぬ真冬の太陽。
雪の積もったしんとした朝、ここで暮らした人びとは、厳かに燃える太陽に何を見たのだろう。
ふわふわと浮かんでくる情景に思いを巡らせながら踏み跡を辿っていくうちに、
わたしはいったい誰の踏み跡を辿っているのだろう、と不思議な気持ちに包まれる。
戦国時代に生きた人の踏み跡か。もっと昔の人のものか。それとも、私が辿って来た道か。
ふっと、滑らかな雪の上に足を置く。心地よい音がからだに響き渡り、我に返る。
朝の冷え込みで雪はほどよく締まり、ふくらはぎの下ぐらいまでしか潜らない。
朱色から黄色へ、世界は柔らかな光で満ちあふれている。
よし、登るぞ。木々の間のまっさらな雪にわたしの足跡を刻んでいく。
つるりとした雪面にちいさな足跡を見つけ、わっ、としゃがみこむ。リスの足跡だ。
立ち上がると、名前の分からない潅木の枝先のぷくっと膨れた冬芽が目に飛び込む。
ちいさくておおきないのちの営みに溢れた世界。その、あらゆるいのちが、いのちの源の伊吹山を物語る。
無数の響きがわたしの鼓動と重なり合うのを感じる。
標高800m地点に着いた。わたしの伊吹山を感じる場所だ。今日も無意識のうちに手を合わせている。
△838.7弥高山。
ぴりりとした冬の陽射しを受け、きらきらと煌めく、踏み跡のない滑らかな弥高尾根を眺めながら、
豪雪の冬、ワカンを履き膝が隠れるぐらい潜り、この尾根を辿った日のことを思い出す。
あの冬から、何回冬を過ごしたのだろう。
記憶の情景は、過ぎ去った時の長さと関係なく、私の中で同一線上に、円を描き並んでいる。
・881の尾根と合わさる。
ゆっくりと息を吐きながら、青い空と、そこに延びてゆく白く輝くひとすじの道を見つめる。
空と雪が出会う地には何があるのだろう。胸がきゅっとなる。
少し歩いては振り返り、遠くなっていく町を白い世界から眺め、どこまでも深く青い空に近づいていくよろこび。
昨日、息を呑んで見つめた、びわ湖の向こうの光り輝くお山に、今、わたしはいるのだ。
傾斜が増してきたが、雪質がよかったので、スノーシューのまま進む。
風が強くなってきた。パーカーを着て、ストックを短くし、尾根の左より、岩の間を縫って登っていく。
尾根がなだらかになり、左上に下ってくる人の姿が見えた。いよいよだ。
わたしは、何を見るのだろう。
山上台地。
青い空、宇宙を描くシュカブラ、透き通った聖なる地。その中にでんと建つ人間の思いの詰まった建物。
その光景を見て、うまく言えないがほっとした気持ちが湧き上がる。
聖なる地への旅は俗なるものから離れることではないのですね。
聖は俗を包み込み、俗なるものの中にも聖なる光があるのですね。
伊吹の女神さまに問いかけ、こころの中で手を合わせる。
そして、期待していた、期待を超えた風景がその先にあった。
暫しの間立ち尽くし、そう、始まりの地から眺めようと、誰もいない山上台地を東に向かう。
江美国境稜線に立ち、北尾根から続く峰々、白山へと続く白い道を目で追う。
わたしの辿った道を追う。憧れの道を追う。
すべてが繋がり、くるくる回り、今、わたしはここに立っているのだと胸が熱くなる。
いつまでも眺めていたかったが、寒さを覚え、出発しようと時計を見る。
まだ10時を回ったところ。天気も申し分ない。憧れの尾根を辿ろう。
雪の南東尾根に憧れ、美濃側の春日川合の古屋からの周回を想い描いていた。
でも、やっぱり最初は近江側からかなと思ったのだった。
ようこそ、と優しく微笑む、丸みを帯びた稜線に足を踏み込む。陽当たりがよく風も弱いので、早くも雪はべちゃべちゃだ。
スノーシューの刃が滑るので横向きで下る。
一段下がったところで腰をおろし、白山と能郷白山を眺めながら、少し早いお昼ごはんにする。
でも、やっぱり、白く輝く峰みねを眺めながら歩きたくなり、残りのパンとコーヒーは次の休憩でいただこうと立ち上がる。
1170mのブナ林に入ると、とげとげの雪面が現れた。昨日は霧氷で飾られていたのだろう。
確かに存在した、見ることのなかった風景を想像する。
こんもりと雪の積もった車道に出る。少し進み、振り返るとまっ白な道路と光り輝くお山。
なんてうつくしく気高いお姿なのだろうと思う。
人間の欲により、開発され、斜面を削り取られ、痛々しい姿になっても、
なおも、いや、すべてを超えて、気高く屹立する伊吹山。
ここで、ゆっくりとお山の時間を過ごそう。白山、能郷白山もくっきりと望める。
路肩なのだろうか。こんもりとした雪の台地で二度目のお昼ご飯にする。
1月とは思えないポカポカした陽気にまぶたが重くなる。
ごろりと横になって伊吹山、奥美濃の山やま、その奥の白山を細くなった目で眺める。
今日辿ってきた道、これから辿る道を追っていく。
わたしの中に感じる煌めく山やま。数かずの記憶。そして様ざまな感情。
すべてが繋がり、くるくる回り、わたしが在るのだなぁと、ぼんやりしてきた頭で再び思う。
sato