【 日 付 】2019年11月23日(土曜日)
【 山 域 】比良
【メンバー】山猫単独
【 天 候 】快晴
【 ルート 】桑原橋9:04〜10:26カツラの谷〜10:57蛇谷ヶ峰11:05〜11:40滝谷ノ頭〜12:01ヨコタニ峠〜12:28畑
この日、週末限定で運行される朽木学校行きの京都バスに乗り込んで国道367を北上したのは、梅ノ木で4分後に通過するはずの高島市営バスに乗り換えて、バスの終点、生杉を目指す予定だった。生杉から若丹国境尾根を縦走して美山に抜けるためである。花折峠を越えた平でおよそ半分の乗客が下車するまで酸欠になりそうな超満員のバスに立ちっぱなしとなる。残りの乗客も坊村で降りるとバスの中には途端にガランとなる。
梅ノ木のバス停が近づくと、目に飛びこできたのは安曇川にかかる梅ノ木橋を渡っていく高島市営バスであった。万事休すである。停車のためのボタンを押してしまっていたので、「梅ノ木ですが降りなくていいんですか?」とバスの運転手は訪ねる。「高島市営バスが行ってしまったので、当初の予定を諦めざるを得なくなりました。」と答えると「梅ノ木での高島市営バスの乗り継ぎは難しいですよ」と運転手の素っ気ないコメントが返ってきた。
頭の中が完全に白紙状態になるとはこのことである。今回の若丹国境尾根への山行は私にしては長時間をかけて用意周到に計画したつもりであったが、思わぬところに陥穽があった。いずれにせよ京都に帰るた目にはJRの駅に出る必要がある。即座に計画を考え直すのであるが、真っ先に思いついたのは、翌日の日曜日に家内を伴って訪れる予定であったのが蛇谷ヶ峰のカツラの谷であった。蛇谷ヶ峰からは地蔵峠への尾根を縦走して、畑に下ればバスがあるだろう。バスの時間を確認すると丁度良さそうな12時35分発のバスがある。
桑原橋でバスを下車すると柏の集落まで、車道を歩く。柏から林道に入ると樹々の黄葉が真っ盛りであり、透過光が空気の色を柔らかな黄色に染め上げている。まもなく林道は谷を直進する道と斜面を上がる道に分岐する。谷を直進する林道の黄葉があまりにも素晴らしく、そのまま林道を直進して、沢伝いに歩くこと可能性が頭を過ぎる。しかし、今日はポールもなく、靴も軽量化していたのでグリップの利く登山靴ではなくローカットのトレッキング・シューズなので、冒険することはやめておこう。
林道を辿って斜面を上がるとすぐに見晴らしのよい尾根筋、谷の対岸の尾根の錦繍が目に入る。
なだらかな尾根を辿る、林道は終わり登山道へと移行する。尾根に乗ると左手からは朽木のいきものふれあいの里から登ってくる登山道が目に入るが、ロープが張られ、進入禁止の立て札がある。このルートが通行止めになって久しいように思われるが、こうして林道からカツラの谷に入ることが出来るのは有難いことである。
登山道はまもなく斜面をほぼ水平にトラバースするようになる。あたり一面の林床は黄葉したコアジサイのせいで黄色いカーペットを敷いたかのようである。いわゆる一般的な紫陽花に比べるとコアジサイは普段は地味な低木だが、この時期のコアジサイの黄葉はアジサイの黄葉に比べてはるかに色鮮やかだ。
やがて登山路が尾根を横切り、カツラの谷に入るとせせらぎの音が聞こえ、苔むした岩の間を縫うに流れる渓流と沢沿位にはカツラの大樹が目に入る。折しも谷に差し込む朝陽があたりの黄葉を明るく輝かせ、カツラの樹の大きなシルエットを際立たせる。カツラの樹々の壮麗な様は厳かな神域に入ったかのような気がしてしまう。
この神々しい谷間の光景に落ち込んだ気分はすっかり回復し、足取りも軽く谷筋を上流へと辿る。やがて左手にカツラの滝が大きく見えてくる。滝の右側を登り、谷の奥へと進むと大きな岩の下に小さな祠が目に入る。このカツラの谷に霊的なものを古来の人達も感じてこられたのだろう。祠に谷を歩かせていただいたお礼を申し上げると、道なりに右岸の尾根へと上がる。
尾根上の紅葉は終盤ではあるが、鮮やかな紅や黄色の紅葉が最後の輝きを見せている。まもなく尾根上からは好展望が広がり、近江今津の市街の向こうに湖北の山々と、彼方に白銀に輝く白山が見える。蛇谷ヶ峰にはこれまでにも幾度も登っているが白山が見えたのは記憶にない。
山頂にたどり着くとこの日は360度の好展望が広がる。琵琶湖の上には薄い靄がかかり、対岸の近江八幡や鈴鹿の山々は靄の上に浮かんでいるようである。今頃、同じ京都バスに乗り合わせた多くの乗客も比良の山の上で歓声をあげているに違いない。蛇谷ヶ峰の山頂では多くの人が休憩しておられる。
山頂を辞し地蔵峠への縦走路を辿りかけるが、すぐ右手に気持ち良さそうな尾根が目に入る。地図で確認するとニノ谷の右岸尾根に相当する尾根だ。この尾根を下り、三ノ谷に入ると、容易に縦走路に乗り換えることが出来そうだ。再び山頂方面に戻り、目指す尾根へと入る。
尾根上には踏み跡の類は全くないが、真正面に釣瓶岳、武奈ヶ岳へと続く北比良の山々の展望が大きく広がる。しかし、この快適な尾根がどこまでも続くわけではない。快適な自然林の尾根を下るとまもなく植林の中へと入ってしまうのだった。しかし尾根は緩やかになり、おまけに薄い踏み跡が現れる。
尾根が下部に近づいたあたりで尾根を横切る道が現れた。植林の作業道とは明らかに雰囲気が異なる、どうやら古道のようだ。こういう道を見るとついついその先を辿ってみたくなる。古道は左手の斜面を下り、ニノ谷へと降りる。道はしばしば羊歯の草叢に埋もれそうになりながらも、渡渉を繰り返しつつ沢沿いを下ってゆく。
三ノ谷が左手から近づいたところで、谷へと入る細い踏み跡が目に入る。三ノ谷に入ると、植林地の薄暗い空間から明るい自然林の中へと飛び出した。広々として平坦な谷間には紅葉の樹々が蒼穹から降り注ぐ陽射しを浴びて、赤や黄の透過光を林の中に散らしている。まるで別天地とでも形容したくなるような雰囲気だ。
この広い谷の景色をしばし楽しんだ後、東側の尾根に乗るとすぐに明瞭な登山道が現れた。なだらかではあるが、植林の続く尾根を須川峠、荒谷峠と経て、横谷峠に至る。ここから畑の集落に下るとバスの時間に丁度良さそうだ。
峠からの下りはこちら昔からの生活道だったのだろう。よくぞここまで掘り込んものだと思うほどに深い掘割の道となる。まもなく斜面には賑やかな錦繍が始まる。道草を喰むとバスの時間までの余裕がなくなるのだが、色鮮やかな紅葉を見かけるとついついカメラを取り出してはモニターを覗いてしまう。
やがて畑の集落が近づき、薄暗い植林地を抜けると、綺麗な棚田の上部に出る。藁を燃やす煙の匂いが刈り入れが深まりゆく秋を感じされる。集落の中を下ってバス停を目指す。三脚を立てて棚田の景色を撮りにこられている方がいる。英語で挨拶をされる。どうやら中国人のようだ。三脚の上のカメラの方向を振り返ると棚田の向こうでは休耕田のススキが昼下がりの陽光を浴びて黄金色に輝いていた。
バス停にたどり着いたのはバスが到着するのとほぼ同時であった。乗客は私一人のみである。
さて、次の山行に出かけるとしよう。