【日付】2019年11月23日(土)
【山域】台高・赤嵓滝谷~ヌタハラ谷右岸尾根
【メンバー】Tさん、アオバ*ト
【天候】晴れ
【ルート】
ヌタハラ橋7:10.千石林道終点8:45、喜平小屋との出合9:00、赤嵓滝の見える二股10.15、赤嵓滝滝口11:45、
三股乾留工場跡12.40~12:55、ヒキウス平14:00~14:40、ナイフリッジ16:05、ヌタハラ橋17:25
両手いっぱいのたからものって、きのこじゃないですよ。
朝もや、紅いもみじの葉っぱ、緊迫の高巻き、源流の小川のせせらぎ、窯跡と煉瓦、君の暮らしていた場所、水平道、シロヤシオのベンチ、
白くくすんだブナの森、夕暮れ前の光と影、夕陽のナイフリッジ、夕闇の杣道。
そんなものに出会った小春日和の一日を軟弱アオバ*トバージョンでお送りいたします。
先週、わたしたちを威圧するように見下ろしていたシャッポ尾根は、きょうは朝もやに半分かくれている。こんな朝もやの出る日は、飛び切りのお天気になると決まってる。先週に続いて今日も、テクテクと千石林道を歩く。「ある場所」にどうしても行きたくて。
「ある場所」というのはわりばしさんのレポで知ることになった赤嵓滝谷の三股にある乾留工場の工場跡と宿舎跡のことだ。二年くらい前にこのレポを見つけてずっと行きたいと思っていたけど、タイムマシーン乗り場からひとりで降りる勇気がなくて、いつの間にか忘れてしまった。この場所を再び思い起こさせる出来事が起こったのは三週間前、正確には11月3日、笹ヶ峰1367の北でビバークした夜。谷のほうから落ち葉を踏んで聞こえてきた誰かの足音。そしてテントのファスナーを開ける音なく入ってきた君。君はこの三股工場から時空を越えてやって来たのではなかろうか。
先週帰りに水を汲んでお茶会したところを過ぎて最初のヘアピン。Tさんが斜面を偵察に行ってた二つ目のヘアピン。井戸谷の崩落地。今日は雨量計にも寄り道。林道終点からつづら折れの道で喜平小屋谷との出合に降りる。途中でぜんぜん欠けていない青い絵柄のきれいなお茶碗を見つけた。
Tさんが対岸をお散歩している間にハーネスをつける。きょうはTさんは長靴、アオバ*トは沢シューズ。Tさんが、「冷たくないの?」と聞くが、
こんなにいいお天気、今日は絶対冷たくない。
最初の3m滝を越えて、次の8m滝。すこし周りが黒々しているけど形が美しい。先週はこれを眺めて帰った。ここはすこし戻って巻くと誰かの記録で読んだ。ロープ引いてTさんが先に上がってくれる。どの記録にも簡単に巻けると書いてあったけど、どこが簡単やねんと思いながら這い上がる。沢登りも岩登りもぜんぜん苦手。でも沢の風景にあこがれる。ずっと沢をつめて美しく弧を描く源頭を仰ぎ見るっていいなと思う。
二股の右股の左岸の斜面が落ち葉で紅く染まっているのに見とれていると、Tさんが赤嵓滝が見えてきたよと呼ぶ。斜めの優美な滝。
ここも簡単に左から巻けると書いてあったけど、どこから巻くの?グラがあるよ。結局、確保してもらってグラをよじ登って大巻きすることに。グラの尾根を乗越して沢地形の緩くなったところをトラバースして滝上に。足を置く場所はちゃんとあるけど、高度感のある滝の真上。慎重に、慎重に。つるつるの滝口は大きな倒木が無かったら怖かったろうなぁ。ロープ片付けて(片付けるのはTさんだけど)、ここからはルンルン。長靴のTさんほったらかしてジャブジャブ楽しい~。
青い空の下、谷は広がり、両岸の木々はすっかり葉を落としてどこまでも明るい。水と戯れ、岩を乗り越え、ずんずん登っていくと、右岸のすこし高くなっているところにいくつも土管が転がっているのが見えた。苔むした窯跡に転がる土管と煉瓦。源流の小川が絶え間なく流れる音と小鳥のさえずり。桃源郷があるとすれば、こんなところをいうのだろうか。
ここにどんな人の営みがあったのだろう。君はここでどんなふうに暮らしていたのだろう。ひとしきりノスタルジックな時間に浸ったら、心地よい風を背中に受けて、右股の左岸の二次林の広い尾根を登る。なんて美しい尾根だろう。少し登って振り返る。君がどこかで「やっと来たね」と笑っているような気がした。
ゆるやかな尾根は次第に傾斜を増し、水平道が現れては喜び、消えてはしょんぼりを繰り返して、最後は蹄の跡を追って、わりばしさんのタイムマシーン乗り場にたどり着いた。
南へ少し歩き主稜線を眺める。澄んだ青い空に、飛行機が爆音をとどろかせて白い線を引いて行った。今もってどこが第一でどこが第二で第三で第四か知らないけど、わたしが自分でヒキウス平って呼んでいるところのシロヤシオのベンチに腰掛けて、奥峰を眺めながらお湯を沸かしてカップヌードルを食べた。こんな悠長なことをしているヒマなんかほんとはなかったのだけど。
東へ向かうブナの広い尾根に射す陽の光と影。ゆるやかに尾根と出合うヌタハラ谷の源流部。一日のうちでいちばん美しいと感じる時間にこのすてきな場所を歩くことができる幸せ。けれど幸せはいつまでも続かなくて、尾根は急激に切れ落ちて木の枝を掴んでの激下りとなる。程なくしてグラの上に立ち、どちらから巻くのかわからない。右から降りられそうな気もするけどさっきまで続いていた黄色いテープが左へ誘導しているのが気にかかる。でも左はどう考えても危ない。右も一段先からどのように尾根につながっているのかグラを取り囲む樹林で見えない。迷った挙句、どうせロープ持っているのだから、確保してもらって右から行く。一段降りたらグラの下部の岩の隙間に足を置いてトラバースして尾根に復帰することができた。かなりの時間ロス。明るいうちにナイフリッジを通過しなければ。言葉が変だけど、慎重に急いで馬酔木やらの灌木の藪や倒木をすり抜けてナイフリッジにやって来た。決して夕陽を眺めるためにやって来たわけではないけど、そんな時間になってしまった。でもさっきまであんなに青かった空に雲が湧いてきて、太陽は雲の隙間から残照のように鈍く光を放つだけだった。
ぐるりを取り囲む山々や、谷間を彩る紅葉や、不動滝を、もっとゆっくり眺めていたかったけれど、時間が無さ過ぎた。陽が落ちるまでに距離を稼がないと。933を過ぎてだんだん夕闇が迫る。幸いここから駐車地までは方角は一直線。ヘッドランプ出して、コンパス合わせて、ヒタヒタと夕闇が近づくのを感じながら、心は溢れるほどに満ち足りて、杣道を下った。
アオバ*ト