【 日 付 】2019年3月17日(日曜日)
【 山 域 】京都北山
【メンバー】山猫、長男
【 天 候 】雪
【 ルート 】江賀谷林道入口12:01~13:36 950mピーク~14:13オグロ坂峠14:47~15:13峰床山~八丁平南西のベンチ15:50~ 16:26 914m峰~17:38駐車地
今年は何度か次男を雪山に連れて行く機会を作ることが出来たのが、長男を伴って雪山に登る機会がないままだった。もう雪山のシーズンは終わってしまいそうではあるが、今季の雪山に一度は行ってみたいという長男の願いを叶えるべく、この日、久しぶりに長男との山行を約束していた。しかし予報では近畿は全般的に雨模様だ。湖北や湖西の山を考えるも、北に行けば行くほど雨が多いようだ。京都では雨の降り始めは11時頃の予報ではあったが、早くも朝から雨が降り始める。
山行先は八丁平を考える。昨年は厳冬期から晩秋にかけて計6回も足を運んだのだが、今年はまだ訪れていない。SHIGEKIさんのレポに触発されたこともあり、先週の日曜日には京都バスに乗り、峰定寺経由で八丁平を目指すも、工事による通行止めで鞍馬の手前、貴船口でバスを降ろされてしまったので、やむなく山行先を天ヶ岳に変更したのだった。
朝から雨雲レーダーと睨めっこをしていたが、雨雲が切れる頃合いを見計らって出発する。江賀谷林道の入口に車を停め、雨の中を歩き始めると間もなく雨足も弱くなる。北見谷の入口を過ぎたところで植林の尾根に取り付くと、いつしか雨も上がっていた。
八丁平の北側、オグロ坂峠から東に延びる尾根の先はいくつもの小さなピークが集合して複雑な地形を形成している。標高点は南側の小さな935m峰につけられているが、ここよりも高いピークがいくつかある。それらのピークを縫うように結ぶ尾根となだらかな谷の源頭部は山毛欅、小楢の自然林が美しい林相を形成しており、山の静かさと相俟って魅力的な山域である。今回取り付いた尾根は北見谷の左岸をなし、この山域の西側で最も高いと思われる950mピークのすぐ南側に向かってほぼ直線的に登ってゆくことになる。時間的な余裕と天候が良ければこの山域の東から入りたいところではあったが、この尾根を選んだのは長男に少しでもこの辺りの雰囲気を伝えたいという私の意図もあったのだった。
最初の斜面を登ると植林地はすぐにも自然林にかわり、後は地形図の通り緩やかな登りとなる。鹿のものと思われる踏み跡を辿り、馬酔木の藪を右に左に避けながら進む。尾根を登るにつれ、背後には樹間から森山岳を望むようになる。森山岳に至るための鉄塔尾根は既に雪がほぼ消失している。
標高800mを過ぎて、尾根がなだらかになるとあたりは薄く積雪している。なんと新雪であり、その下には根雪はほとんど見られない。おそらく昨夜に降雪したばかりと思われる。雪の上には動物の足跡も全くといってもいいほどに見られない。新雪のサクサクとした感触は、尾根上部で雪が増えるにつれ、モフモフとした感触に変わる。雪山に行きたいという長男の期待に図らずも添うことが出来たようである。
尾根上部で傾斜も緩やかになると山毛欅が目立つようになり、美しい林相が広がる。途端に下草も少なく、歩きやすい尾根を辿り、オグロ坂から延びる尾根と合流すると尾根上にテープが現れる。ランチにしようと950mピークに向かうのだが、ピークにたどり着いた瞬間に強い北風と共に降雪が始まった。
- ca950mピーク
しかし、尾根に戻るとすぐにも雪はやみ、鎌倉山からの尾根と合流するあたりになると雲の中から鎌倉山が姿を現す。右手の武奈ヶ岳もすっかり冠雪しているようだ。
- 武奈ヶ岳と釣瓶岳
正面には峰床山を望みつつ、オグロ坂を目指して山毛欅の樹が目立つ尾根を西に向かう。右手には桑谷山や久多側流域の山々が目に入るが、わずかな標高差のせいなのであろう、これらの山には全くといってもいいほど雪が見当たらない。
オグロ坂峠に着くと長男がここは来たことがあると云う。今にも雨が降り出しそうな蒸し暑い夏の日、長男を伴って八丁平から峰床山を訪れたのは一昨年の夏であった。八丁平に入るや否や長男の靴にはヒルが纏わりついたのは記憶に生々しく残っているのだが、上空からの雷の音を聞きながら峰床山の山頂から逃げるように下ったのだが、私が方向を間違えてこのオグロ坂に下ってしまったことを思い出すまで少しの時間を要した。
- オグロ坂
オグロ坂から八丁平の方にわずかに下ったところにある水場ではやはり滾々と水が流れている。再び雪が降り始めたところであったが、この水場のあたりは風も緩いので、ここで湯を沸かしてランチとする。
食事をしている間に雪はすぐ止んで、八丁平の上には青空が広がり始めた。晴れ間が見えている間にとまずは峰床山の山頂を目指することにする。八丁平の北西の雪原が近くなるあたりでは稜線から少し下って八丁平を望む。毎度のように訪れる場所の一つだ。雲の合間から青空が広がりはじめ、柔らかな陽光が白い雪原に淡く樹々のシルエットを添える。
しかし、峰床山の山頂もあともう少しというところでて急に北側から雲が沸き起こったかと思うとまたたく間にあたり一帯は雲に包まれ、雪となった。山頂にたどり着いた時はやはりガスで視界は遮られたままである。山頂にはおそらく数時間以内のものと思われる数名の足跡があった。足跡は南の尾根から往復しているようだ。
長居は無用なので、折り返して八丁平の北西部へと至る尾根を辿る。この北西部の草原は無雪期は防鹿ネットが張られているのだが、積雪期になるとこネットを外すので自由に闊歩出来るのが魅力だ。尾根から八丁平へと降りると、鹿がピョンピョンと跳ねながら湿原の中へと消えてゆく。
たまたま風雪が弱まったのか、山に囲まれた空間であるからなのか判らないが、風も雪もおさまり、静寂が支配する雪の庭園となる。直近に降り積もったと思われる雪の純白さが過ぎ去った季節に再び迷い込んだかのような非現実感を一層際立たせている。時折思い出したかのようにそよ風が迷子のような雪の名残を運んでゆく。
鹿が消えていった後を負って湿原の端を歩いてみる。湿原の泥濘の上や樹の根元では既に雪が融けてしまっており、春を待つ湿原の息吹のようである。湿原の泥濘の上や樹の根元では既に雪が融けてしまっているが、まだまだ積雪している箇所は十分に多い。
湿原の中を自由に歩くことが出来るという雪の季節ならではの贅沢を堪能させて頂く。湿原の中を蛇行する小さな川を渡って、南西のベンチと看板のあるあたりに着く。ここから南東の916m峰の斜面を登ってみる。湿原を俯瞰する好適地の一つであり、八丁平を訪れる度にここの斜面から湿原を眺めることになる。深々と雪が降る中、過ぎゆく季節に哀惜の念をいだきつつ、雪景色の八丁平を後にするのだった。
夏道を辿り橋を渡ると再び雪の勢いが強くなってきたので、八丁平の南東914m峰から江賀谷林道の終点を目がけて北東へと延びる尾根を下ることにする。中村乗越を越えるルートは谷道となるので積雪期は避けたいところだ。尾根に上がると914m峰にかけてはコナラや楓が目立つ尾根を緩やかな辿ることになる。
914m峰のピークで小さなプレートを確認するとここからは一気に急降となる。まもなく尾根の藪が密集する地点があるので、植林地の端を歩いてから尾根をトラバースする必要があることを、昨年7月にこの尾根を登ったときの記憶から思い出す。すぐに尾根には赤テープが頻繁に出現するので、下る尾根筋が正しいことを確信出来る。いつしか赤テープを目にしなくなったと思い、GPSを確認すると再び尾根芯から南にずれていたことを知る。再び斜面をトラバースして、尾根芯に戻る。
尾根の下部になると両側から沢の音が聞こえるようになる。江賀谷の右俣の方に堰堤が見えるので谷の方に降りてみるが、すぐには渡渉によい場所が見当たらないので、尾根の末端まで下ることにする。左手の斜面に見覚えのある鉄のワイヤーが巻きつけられたところから沢に降りて、対岸に渡渉する。最後は右俣と左俣の合流する手前でそれぞれの沢を渡って、林道終点にたどり着くのだった。
林道を歩き始める、雪はいつしか冷たい雨に変わっていた。標高差数百メートルの間に雪が雨に変わるのだろう。車を停めた林道の入口に戻った頃にはその冷たい雨も上がるところだった。車に乗り込み京都への帰路につくと、花折トンネルと抜けると景色が一変する。空はすっかり晴れて、薄くローズピンクの混じったラヴェンダー色の空が京都市街の方角に広がっているのだった。しかし、路面は濡れているので、先程までは雨が降っていたのだろう。「比叡山にしておいたら良かったかな」と冗談交じりに云うと「いや、雪があったから八丁平が良かった」と長男が応える。昨日からの悪天候も、今季、雪山への山行を経験出来なかった長男に望外の贈り物をくれたようだった。