すっかりご無沙汰しており、失礼いたしました。
最近、ハムストリング付着部炎なるものを患っており、ここしばらく2〜3時間以内の軽いハイキングばかりでした。
脚の具合は万全ではないものの、明日はオフ会で皆様とお会い出来るのを楽しみにしております。
少し前のrepなのですが、出張のついでのハイキングで思いがけない事態に遭遇しましたので、ご参考になることもあればと思いrepをアップさせて頂きます。
【 日 付 】2021年6月23日
【 山 域 】北九州
【メンバー】山猫単独
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】吹上峠13:05〜13:41大平山〜14:21貫山〜15:19四方台〜16:12千仏鍾乳洞〜16:38駐車場
平尾台はカルストの広がる台地として知られ、日本三大カルストの一つに数えられるところだ。以前の九州への出張の際にすぐ西隣の福智山には登ったもののこの平尾台を山行先に選ばなかったのは山頂台地の上まで舗装路が通じており、登山の対象というより観光地のように思われたからだったと思う。しかし歩き方によっては十分にトレッキングを楽しめる場所であることを知る。
朝から清々しい好天が広がっている。出張先の博多から天神のバスターミナルに向かうと丁度、小倉行きのバスが出発するところだった。本来は毎時0分から20分おきにバスが出発する予定なのだが、コロナ禍のせいでバスの時間が30分おきになっているらしい。平尾台に向かうには小倉南区の中谷で下車し、そこからタクシーで平尾台に向かうと博多を出てから1時間半もかからずに平尾台まで到着することが到着することが出来る。
平尾台に向かうタクシーで運転手がいう「見ての通り樹木がほとんどないでしょう、照りつけられることになりますよ」。私が仕事の格好でタクシーに乗り込んでいるので、まさかこれから平尾台をトレッキングするとは夢にも思っておられないのだろう。しかし、タクシーの窓から流れ込んでくる風は梅雨の季節とは思えぬほど爽やかだ。カルスト台地を吹き渡る風の涼しさを期待したいところだ。
吹上峠の休憩所に到着すると多くの車が停められており、多くの人がいる。休憩所には小綺麗な多目的トイレがあり、トレッキング・スタイルに着替えることが出来る。まずは峠の祠に寄り道し、祠の裏に立ち並ぶ石仏の裏に出張道具を預ける。
大平山への登りに差し掛かると、大きな石灰岩がゴロゴロと転がっている。大平山から南東のあたりは羊群原と名付けられているところらしいが、個々の石が丸みを帯びており、確かに羊のように見える。同じ石灰岩でも鈴鹿の霊仙で見かけるようなゴツゴツとした岩とは印象がかなり異なる。
大平山から先は足を運ぶ人は少ないようだ。草原の中を歩く人影は急に少なくなるが、夢幻的な美しい光景が広がり、左手には草原に樹々が疎らに生える貫山の山容が目に入る。まずは草原のピーク四方台を目指す。登山道の周りの草原にはトラノオが多く咲いている。四方台のピークに達すると東側の展望が大きく広がり、沖合に浮かぶ巨大な空母のような北九州空港が否応なく視界に飛び込んでくる。
鞍部を越えて山頂に向かうと山頂の手前でトレラン・スタイルの一人の男性が携帯で会話をしておられる。緊張した面持ちで話をしておられるが、トレランの足を止めて話をしているということは余程、重要な仕事の話が入ったのだろうか。なぜか男性がおられる場所の説明をしておられるように思われた。
貫山の山頂から北側に関門海峡の手前に横たわる北九州の企教山系の展望を確認すると再び平尾台の雄大な景色を景色を眺めながら下山の途につく。
山頂から戻ってくると、先ほどのトレランの男性がまだおられる。なんとその傍の草叢の中には横たわっている男性がおられるではないか。トレランの男性はたまたま通りがかった方で、どうやら先ほどの電話は救援を依頼するものだったらしい。私が通りがかるのがもう少し早ければ私が通報者になったところだ。
「もうすぐ救急隊も来られるでしょうし、私がここに残っているので大丈夫ですよ」と男性がおっしゃる。すぐにも山麓の方から聞こえてくる何台もの救急車と消防車のサイレン音が長閑なカルスト台地の上に響き渡る。私は下山ポイントの千仏鍾乳洞に16時半にタクシーを予約していることもあり、行程が気になるところだ。
鞍部に向かっておりかけるが、すぐにも東の方からヘリコプターの音が聞こえる。見上げると真紅の救急のヘリコプターが上空に現れる。何か私でもお手伝いすることがあるかもしれない。踵を返すと、現場に向かって坂を駆け上がる。すぐ目の前で二人の救急隊員がヘリコプターから降下してくると、隊員たちもトレランの男性のたつポイントに向かって駆け上がってゆく。北九州消防航空隊の隊員達らしい。
倒れている男性の傍らに到着すると救急隊員が早速AEDを取り出す。AEDとはautomated external defibrillatorの略で、自動体外式除細動器のことだ。隊員がAEDの用意をしている間に体温計や血圧測定器が付随していたので取り出すと、隊員が「体温を測ってくれますか?」という。良かった、体温くらいなら私でも測ることが出来る。
「体温35.5度です」体温はかなり低い。見ると男性は相当に冷や汗をかいておられる。体温が低く、発汗することが出来るということは、少なくとも熱中症ではないことは明らかだ。すぐさま男性の脈をとるが、どうも脈が弱いように思う。そこにもう一人、下から登ってこられた男性が現れる。なんと医師の方らしい。あまり人が通るとは思えな登山道で医師が居合わせるとはすごい偶然だ。
もう一人の男性医師はすぐさまスボンを下ろし、鼠蹊部で脈をとる。「脈は正常です。触った感触では血圧は100近くはあるかと思います」触れただけで血圧を推定出来るとは只者ではない。そのような技量を持ち合わせている医師は滅多にいないだろう。
「ハート・レート(心拍数)110、SpO2 97%」隊員が得られたバイタル・サインの数字を声高に読み上げる。SpO2とは血中の酸素飽和度で、ほぼ正常値だ。すなわち肺には問題がないことを意味する。真っ先に心配したのはコロナ肺炎の可能性であったが、どうやらその可能性は考えなくても良さそうだ。
AEDは私も扱うことが出来るつもりであるが、救急隊が携行しているものはワンランク、グレードが高いようだ。胸に電気誘導をつけるとすぐさまモニターに心電図の波形が現れる。心電図のリズムはあくまでも正常だ。どうやら不整脈ではない・・・ということは除細動器で電気ショックを与える必要はないということだ・・・となると可能性は急性心筋梗塞か。目の前のAEDのモニターに浮かび上がる心電図の波形は確かにそのように思われた。
もう一人の救急隊員がヘリと無線で応答している。小倉記念病院に受け入れが決まりました。なんと、私の学生時代からの友人が勤める病院であり、彼とは前日の夕方に出張先の地下鉄の駅で手を振って別れたばかりだ。
すかさずトレランの男性が奥様に電話をした方がいいでしょうと男性のスマホを取り出す。もちろん、画面にはロックがかかっているのだが、倒れている男性が呻吟しながらも6桁の番号を教えてくれる。トレランの男性は履歴をチェックし「◯◯さんが奥さんですか?」と尋ねると男性は首を縦にふる。電話をかけるとすぐに奥さんが出られ、事情を説明し「今から小倉記念病院にヘリで搬送されますので、奥様もそちらに向かって下さい」とお伝えする。
感心したのはそこからだ。「万が一のためにこの番号を控えておいて下さい」と救急隊員に奥様の電話番号を書き留めるように指示する。確かにわずかな時間の間に状態がさらに急変しないとは限らない。
救急隊員が「これからヘリに吊り上げる準備をしますので広いところに運ぶのを手伝って下さい」という。五人で運ぶとすんなりと動かすことが出来るが、「人数が少ない状態では大変でした」と隊員達から感謝される。
いよいよ患者の男性を吊り上げる準備ができると救急隊員は男性にゴーグルをつける。なぜゴーグルをつけるのか即座には理解できなかったが、上空にヘリが近づくと理由がわかった。途端にものすごい風で周囲の草が舞い、目を開けていられないほどだ。「30mほど離れていて下さい」と言われてヘリの下から離れるが、ヘリの近くは半端ない風だ。
隊員の一人と患者がワイヤーで無事ヘリに登ったと思うと、すぐにもヘリは北に飛び去った。残された隊員にトレランの男性がきく「歩いて降りるんですか?」「いいえ、搬送が終わったらまた迎えに来てくれる予定です」とのことだった。
もう一人の男性医師にお伺いすると循環器の医師であった。この現場に居合わせるには最適な医師だと思われるが、ご本人は「道具がなければただの人ですから」とあくまでも謙虚だ。お別れの挨拶をすると爽やかな笑顔を浮かべて、貫山に登って行かれた。
トレランの方も貫山を越えて山の反対側に下山されるらしい。皆さんにお別れしてレスキュー現場を後にすると途端に広々として草原を吹き渡る風の涼しさを感じる。おそらくそれはこの現場に居合わせた他の方々も同じだっただろう。
ここで私には新たに別の課題が生じる。タクシーを予約している16時半までに千仏鍾乳洞にたどり着くだけなら、当初予定していたコースを諦めて最短コースを辿ればたどり着けるだろうが、勿論のこと鍾乳洞の中をそれまでに見学したいのである。
鍾乳洞に向かうべくまずは岩山のピークに向かう。残された隊員を引き上げに来たのだろう、先ほどのヘリコプターが再び現れる。レスキューの現場を後にしてから15分ほどだ。ヘリコプターの隊員が気づいてくれるかはわからないが、ヘリコプターに向かって大きく手を振って挨拶する。
中峠に降りると峠の上から救急車に消防車が二台、降りてくる。さらに下の茶ヶ床園地にも一台の消防車が回転灯をつけて待機しているようだ。無駄足になってしまったが、先ほどの男性を救助するために来られたのだろう。なぜ消防車が・・・と思ったが、よくよく考えると山の上から男性を下ろすのに人出が必要だったので、緊急車両で出動ひる必要があったということか。
茶ヶ床園地のすぐ近くの目白洞を大急ぎで見学すると急いで千仏洞に向かう。千仏洞の見学に20分近くを要するだろうと思っていたので、駐車場に16時10分に到着してやれやれと思ったのだが、それは甘かった。駐車場から鍾乳洞の入り口までかなり下まで降りるのである。
この千仏鍾乳洞はすれ違うのも容易ではないような狭い鍾乳洞なのだが、その奥はサンダルを履いて水の中を進むが魅力だ。入口付近で追い越すことになった白くて長いスカートを履いた女の子と男性のカップルは早々に引き返したようだが、それは正解だっただろう。水は脛までは達することになる。鍾乳洞の中は天然の冷蔵庫であり、足元を流れる水は痺れるほどに冷たい。
鍾乳洞のアドヴェンチャーから外に出てくると駐車場に向かって再び坂を駆け上る。風が涼しいせいかそれほど汗をかかずに済んだ。タクシーを10分近く待たせたが、吹上峠の祠で荷物をピックアップするために寄り道しても、石原町の駅には次のJRの時間に間に合うことが出来た。
翌日、小倉記念病院の友人に平尾台での出来事を報告すると、男性のお名前を伝えた訳でもないのにすぐ様、私の印象が正しかったこと、そして男性が一命を取り留めたことを親切にも教えてくれるのだった。何が出来た訳でもないのだが、その知らせは実に嬉しく思われた。平尾台にまだ行ったことがないというので、彼にはその魅力を存分に伝えておいた。