おはようございます、zippさん。
zippさんのフィールドでしたね。
【コース】錦町営P7:00---8:28姫越山---9:45吉田橋---11:19芦浜12:30---錦町営P14:07
う~む、錦から姫越山経由で新桑に行って、芦浜経由で錦に下山ですか(^^;;;。
わたしはこの日は、半日畳の上に座って暮らしました。山へ行くより疲れました。
山へ行くなら、雪遊びをできないだろうから熊野灘沿岸の山か、グーさんのようにアイゼンワークの練習だったでしょうね。
お疲れ様でした。山では気づかれすることは少ないですからね。
「アイゼンワークの練習」てことは、アイゼン買ったんです?
ここからは、ウバメガシにおおわれたしっかりとした尾根道が続き、
本来の脇道は、ここも尾根道じゃないんだよね。尾根を跨ぎながらジグザグを切っていく道なんだけど、地元の人たちが尾根直登道を切り開いちゃった。
そうですよね。避難経路の尾根道には違和感があったんです。

- 展望台より熊野灘
姫ヶ塚の手前から脇道は山頂を避けトラバースしながら狼煙台跡に向かっている。
これは違うよ。
姫塚を過ぎて稜線にのってから、山腹をトラバースして狼煙台よりずっと下部の南伊勢・紀北境界尾根に達します。
そうでしたか。zippさんのHPの地図どうり歩けば良かったんだ。
林道に出ると自然石の祠に祀られた二体の地蔵さんがある。左の地蔵さんは寛政元年(1789年)のもので「紀州熊野錦」と刻まれており、右の地蔵さんは寛政七年のもので「にしきみち」と刻まれている。山越えの無事を願って建立されたのだろう。
この一体は本来なら、この脇道の峠にあったものなんです。
そうですか峠にありましたか。さもありなんです。
道が廃れていくので里に下したんですかね。

- 新桑竈の集落
これ以降は、整備されたジグザグの道がつづく、中部電力が芦浜に向かうルートとしてつけたようだ。途中には炭焼窯跡もあり昔からあった道を何度も横切るようにして道をつけており、立派な幅広の道がつづくが面白みがない。
地形図の破線道の名残もあるんだけど…、面白くない道でも樹木観察するとここは面白いかも(^^)。
破線道の名残はわかりました。
ただ、私に樹木観察は十年早いです・・
唐人殺し峠に着くと、芦浜の波音が聞こえてくる。
ここ唐人殺しから少し稜線を登ると、絶好の芦浜風景が見られるのだけど、行かなかったのね(^^;。
これは知らなかった。次の楽しみに取っておきます。
尾根では強い風が吹いていたが、ここは別天地でポカポカと暖かい。人が去った浜を独り占めだ、なんと贅沢な時間なんだろう。最近購入したMUKAストーブで鴨だし醤油の煮込みうどんをつくる。鴨のだしと油で、体も温まりおいしい。ハマナツメのしげる芦浜池を散策しながら癒しの時間をすごす。
やっぱ、冬は熊野灘沿岸の山と海だ~!!(^^;
mukaストーブ買っちゃいましたか。とろ火はやっぱ難しそうな感じかな?
冬の熊野灘周辺の山と海はここにしかない光景でしょうね。
昔の人達が、再生を願って歩いてきた気持ちがわかります。
mukaストーブのとろ火の調整はガスカートリッジのようにはいきませんね。
わりばしさん、ここだったら、是非配偶者さんとも一緒に(^^)。その場合、わたしがガイド務めますから(^^)。
オーこれはこれは嬉しいお言葉ですねえ。

- 芦浜池
尾根を上りきった所に中電の三角点があった。三角点って国土地理院が設置するものと思っていたが、違うのだろうか?椿の香ただよう峠には中電の看板があり、ここが姫越山への分岐になっている。
中電三角点は、中電の敷地の測量起点として設置したものだと思います。いくつあったっけ?3個以上あると思います。
この峠には、椿じゃなく山茶花ですよ。中電が植えたものです。放射能に強いらしい(^^;;;。
ハハハ・・
だから樹木観察は無理でしょ。
放射能に強い木を植えましたか、なんかすごいなあ。
姫越伝説の残る熊野脇道は、先人の知恵のつまった味わいある古道だった。山越がはじまる場所に安置された寛政のお地蔵さんが当時の人々の思いを代弁しているようで、ぬくもりを感じさせてくれた。
この山域は、古い歴史があるとともに、原発を阻止してきた歴史があります。
そういった歴史を知らずとも、行けばほっこりできること請け合いな山域ですね(^^)。そのあとでこの地域の歴史に目覚めてくればありがたいっす(^^)。
熊野原発が頓挫してから長かったですねえ。
福島の原発事故で白黒ははっきりついたと思いますが、ずたずたにされた地域のコミュニティはもどりつつあるのかなあ。
わりばしさん、次回は座佐浜・座佐の高周回絡みでこの山域に入らざるを得ない宿題を得たでしょ?(^^)
座佐浜・座佐の高周回というのも魅力的ですねえ。
冬の熊野はいいです。
わりばし