【日付】2012年7月29日~8月6日
【山域】南アルプス南部、テント泊
【メンバー】夫婦
【天候】終始好天、ただし干天
【ルート】二軒小屋…大井川西俣…小西俣出会(二軒小屋へ退却)…万斧沢ノ頭から千枚岳・丸山…悪沢岳…西小石尾根…荒川中岳・前岳…赤石岳…大倉尾根を経て椹島
できることなら頂上直下までドライブウエーがないものかなあ、と思いながら地図を眺める登山者はまずいないだろう。しかし年とっていよいよ山を歩けなくなったとき、果たして我々は車に乗ってでも山の空気を吸いにいきたくなるものだろうか? 子供や孫に「爺を伊吹山の駐車場まで連れて行ってくれや」と頼むのだろうか? まあ、そんなことを真剣に考えたことなどなかったが、今回図らずもその疑似体験をしたので、報告したい。
場所は南アルプス南部の悪沢岳。赤石-荒川-千枚をつないで縦走できるサーキットコースが人気で、夏場は南ア南部にあるまじき喧騒を呈する山だ。しかし今登ろうというのはそのコースではなく、西小石尾根。先ず廃林道で大井川西俣を小西俣出会いまで進み、そこから尾根末端にとりつくのだ。ただかつてのルートは既に消滅しているらしい。二軒小屋でも全く情報を得られなかった。コースそれ自体は頂上までただただ尾根をたどるだけなのだが、取りつきでは脆い岩屑の急登、終盤にはハイマツのやぶこぎが待っている。ただそんなこんなの困難を差し引いても、人の気配が消えて久しいこのルートへの執着は、数年間温めているうちに、なにやら姿のはっきりしない怪物のような確信に発展しており、悪沢岳に登るならこの無謀なルートから、以外の選択肢はなくなっていた。
さてアプローチの長い南アだが、そそもそも二軒小屋までが困難をきわめる。山梨側から伝付峠を越える素晴らしいトラディショナルルートは、去年の台風で壊滅してしまった。静岡側では車停メから30kmの林道を東海フォレストのリムジンバスが無料送迎してくれるが、テント泊者だけは3000円を支払ったうえ最後の10kmは歩くことになるのだ。
大変だという点では大井川西俣も同じだった。ここは明治初年に山梨県身延地方と長野県大鹿村をつなぐ伊那街道として開削されたところだが、山岳道路の宿命か、数年のうちに崩壊してしまったという。その後林業の勃興で1970年頃まで活況を呈したこともあったが、今は釣り師と一部の物好きな登山者(青のドリーネをみて歓喜雀躍する人は十分その資格がある)が入るくらいで、道は再び自然に還ろうとしている。そのうえ今年はここでも水害被害があり、唯一の橋である西俣橋は傾き、大崩れやルートの流失がおこった。高巻きや渡渉点も多く、目印はつけられているが、判断を誤ると身体窮まることになりかねない。さらにこの西俣下流域では大変なことがおこっている。谷中に作業道の建設が急ピッチで進んでいるのだ。リニアモーターカーの準備作業らしい。重機がゴツゴツ音をたてて大岩を放り投げ、水は濁ったままで二軒小屋の手前で東俣と合流していた。作業員さんは我々登山者にとても親切で、良い人が多かった。しかしそれにもかかわらず現実は正視し難い光景であった。
とはいえたどりついた小西俣出会い、通称慣合は素晴らしいところだった。沢は比較的単調で普段はおとなしい流れだが、水は澄み、岸辺は静けさと緑があふれていた。河岸段丘にはそこここに格好のテントサイトがあり、見上げると紺碧の空の高みに塩見岳が見えた。

- 慣合の岸辺は緑のテントサイト
さて肝心の西小石尾根の取りつき点は、南アのヤブ本「南アルプス・深南部」(永野敏夫さん)によると、「慣合の取水ダム堰堤のを脇から」となっているが、その「脇」は大きく崩壊していた。このためその周囲から回り込むようにアプローチすることにした。できるだけ緩斜面を選んで、何ケ所か試行錯誤してみた。しかしあるときは途中現れた絶壁を回避できず、あるときはあまりに足場の悪い岩屑の急登にすっかり体力を消耗してしまった。おまけにこの尾根ではGPSが測位できなかったり、位置情報も不正確であったりで、結局このルートを20キロ超の縦走荷物で突破するのは、我々には困難と判断せざるをえなかった。
こうしてすっかり失望した我が登山隊であったが、トボトボと西俣を引き返しながら隊長(妻のことだが)と相談するうちに、こんなアイデアが浮上した。西小石尾根は山頂まで続いているのだから、一般登山道で頂上まで行き、そこからこの尾根に入ってはどうなのか? はっきり言ってちょっと反則のような忸怩たる思いもないではないが、まあ次善の策と考えればそれも考え方だろう。さっそく二軒小屋まで戻り、千枚岳目指してマンボー尾根の急登にとりついた。
ところでこのルートは、一般登山道とはいえ大部分の登山者が椹島からのコースを選ぶので、夏場でもほとんど人に会わない。その代わり真新しいクマの足跡が何ケ所かみられ、途中唯一出会ったグループは実際クマに遭遇したとのことだった。クマ笛を鳴らしながらシラビソ林のなかで幕営し、翌日ようやくハイマツ帯にたどり着いた。
千枚小屋に立ち寄って水をもらい、さらに進む。しかし森林限界を超えてとにかく直射日光が強い。それにここにきて登山者とすれちがうことが急に増えた。南ア南部のゴールデンコースにのったのだとわかる。こうして千枚岳を経て丸山に着く頃にはもう夕方近く、既に3032mの高みにいるのだが、夏雲をまとった悪沢岳は、逆光の中、さらに高いところにあった。ガスが流れて陽がかげると急に肌寒くなり、なんだか脅かされるようだ。

- 夏雲をまとう悪沢岳
さて丸山からの稜線は、右側がカール地形になっている。そしてその西側のカール壁を構成するのが、西小石尾根最上部なのだ。カール底には湧水もあるらしい。だから本当はそこで幕営したかったのだが、丸山頂上直下はかなりの急斜面で降りにくい。この日は降り口が見つからず丸山頂上で幕を張った。ここなら明朝、悪沢岳に一番乗りできることだろう。折から満月で、眼下の雲海をギラギラと照らしていた。
ところが翌朝、予測が甘かったことを知るまでに長くはかからなかった。深夜に小屋を発った登山者が午前4時台には続々と到着したのだ。ヘッドランプを点けたそのほとんどが年配者。年配登山者! 意欲と体力こそ恐ろしけれ! 結局午前5時台の悪沢山頂は、喧騒を極めていた。こういうことに慣れていないわが登山隊は、四囲に広がる大展望のなか、居心地悪さに追い立てられるように岩石が累々と積み重なった北東尾根に足を踏み入れたのだった。
だが一歩先の西小石尾根は違う世界だった。そこは静かで、尾根は二重山稜を容れてゆったりと広がっていた。

- 二重山稜を容れて広がる西小石尾根
ハイマツ帯が地図を描くようにのび、その間には高山花がところせましと咲き乱れ足の踏み場もない。ところどころでハイマツ帯の急降下があり、ヤブこぎを強いられるが、それも御愛嬌だ。行く手には塩見岳の三角形がいかにも好もしくせまり、そこから右に蝙蝠尾根がゆるゆると高度をさげてゆく。いつのまにやらカール底より低い場所まできたようだ。そろそろ戻ることにしよう。もう一度山頂に戻ったのは午後1時だった。

- 咲き乱れる高山花、背後は荒川岳

- 塩見岳と西小石尾根
- 塩見岳と西小石尾根.jpg (48.75 KiB) 閲覧された回数 4813 回
ここから先は、一般登山道で荒川岳、赤石岳をたどり、椹島に降りた。天気は最後までよかった。以前も歩いたコースだったが、荒川前岳の有名なお花畑に柵ができていた。もちろん鹿の食害防止のためだが、柵の内と外で花の付き具合がこんなにも違うことに驚いた。
こうして今年の夏縦走が終わった。エ? 想いと違う方法を使ってまで西小石尾根に行って良かったかって? さあ、それは結局よくわからない。でも今回の偵察で、北カールへの降り口もだいたいわかった。今度の夏は、北カールにテントを張ろう。たぶんカール底は尾根と同様、高山花に覆い尽くされていることだろう。そこをベースキャンプにして、西小石尾根で遊ぶのも楽しいかもしれない。そんな目標だけは確実に増えたようだ。