おはようございます、zippさん。
zippってジッポーライターのzippoからきたんじゃないですよね?
ライターはzippoじゃなかったですね。
【 ルート 】《橡山林道からマブシ嶺》
08:15 栃山林道駐車地(970標高点の北あたり)--- 08:45 尾鷲道登山口(地蔵峠標識)--- 09:00 腰森谷--- 09:05~09:15 腰森谷左岸枝谷出合--- 10:20 稜線co1240m(木組峠東)--- 11:05 「一本木」標識--- 11:40~13:20 マブシ嶺三角点峰--- 14:05「一本木」標識--- 14:20~14:35 木組峠--- 14:55 木組峠東co1240--- 15:20 橡山林道終点--- 15:55~16:05 追分地蔵--- 16:20 駐車地
zippさんの強い南部ですね。
人とのかかわりの深かった山域なので、興味を魅かれます。
帰路は、「一本木標識」までは、森をウロウロ稜線歩き。以降は山腹にある尾鷲道。つまり、往路とちょうど逆を歩く。
往路でスズタケが衰退しているのを見たので、木組峠から東に張り出す稜線から、不動谷の二俣に通じる古道の道型を探しながら帰ることにした。
スズタケも生え変わりの時期なのでしょうか?
酸性雨の影響じゃないといいけど。
1887年(明治20年)松浦武四郎翁は、大台・牛石で護摩行を行ったあと、帰路木組村から稜線を越え不動谷二俣に降りている。
『不動谷と云、此処にて谷筋二ツに分る。右を腰森、左を不動と云。』(丁亥前記「松浦武四郎大台紀行集」から)
現在の地形図にも木組から、三重県側に張り出す稜線を通る破線道が描かれている。1184標高点には向かわず、手前のピークから林道の終点に向かう尾根を降りる予定だ。
昔から歩かれていた道のようですね。
杣道としていつごろまで使われていたのでしょうか?
稜線を外して右の尾根に乗るco1240ピーク。道があったとするなら、ピークにまで登らず、山腹を少しトラバースして尾根に乗るはずだとの予想のもと道型を探すと、大ブナの間を通る掘れた道型が続いている。尾根に乗れば何故か二筋程の掘割があり、水の流れた痕の可能性もありそうだ。
co1160ピークでは、若い植林越しに、中ノ嶺(△点名:西原)を挟んだ三つのピークが並んでよく見えている。ここからは、急坂路だ。そして掘割は、ジグザグを切って続いていた。このことから水流痕ではなく明らかに古い道痕なのだ。
おめでとうございます。古道に遭遇ですね。
楽ちんな古道を歩いていると、秘密の宝を見つけたようで、心うきうきしますね。
しかし残念ながらこの道は、林道建設による花崗岩のザレた崖で断ち切られてしまう。
これが多いんですよね。
採石場の場合だと二の足をふんでしまいます。
崖を降りて林道終点。林道から、さらに続く道型はないかと下を見るが、痕跡を見つけることは難しい。あとは林道を歩き、この古道の延長線上にある追分のお地蔵さんに挨拶して帰ることにする。
『辻。此処に道分石あり。此処に出るや昨年越せしイサイ谷通りの本道なり。』(丁亥前記)
本道は、委細谷から北上して木組峠を通っていたんですか?
『辻休場、また追分とも云。大谷木組よりは此処に出来るなり。』(丙戌前記「同」より)。
ツガの大木の下、自然石に囲われ、「右 きくみ 左 で口」と彫られたお地蔵さんに、きょうの山行の無事を感謝し、ここからはそのまま古道を辿って林道をショートカットする。
古道探索の〆として、追分のお地蔵さんというのはいいですね。
「左 で口」の口ってどこです?
武四郎翁が飲んだであろう釈仙水を、場所は違えどペットボトルに汲んで、駐車地へと帰ったのだった。
腰森の枝谷や古道を辿るのは、予定外のルートだったが、梅雨の晴れ間の山行に関わらず十二分に充実した山行ができた、ホンマに感謝である。
zippさんならではの新たな発見でしたね。
お疲れ様でした。
わりばし