zippさんこんばんは
亀です。既に次のレポも上がってるようですが御容赦を
リンクを含めてじっくり読みました。
というのは、私も最近トロッコに非常に興味がありまして、目をつけている場所があります。
たぶん5月の連休か盆休みに探索してこようとおもっちょります。
>「樫山」の名の由来は、固くて堅牢な樫の材を伐り出したことからきているのだろう。そうならば、木馬や斧鉈の柄、さらに鍬の柄など人々の生活と結びついた山なのだ。
ここの樫は、アカガシですか?それともアラカシ?シラカシじゃないですよね。
鈴鹿でも妙に立派なアカガシがたくさんある場所があります。青川の日ノ岡上の尾根も鉱山近くなのに立派なアカガシがけっこうあったりします。樫は堅い材のイメージだけど成長早いんでしょうか?
>以前に地池山から二ノ俣谷側山腹に残るトロッコ軌道を辿った時( 樫山から地池山 )、トロ道がわからなくなり稜線に登った地点だ。
リンクの過去レポも読み直しました、私も一応レスしてました。
ただ、当時はトロッコ道に対してそんなに興味がなかったのと、
私が行けれる場所じゃない(遠い)と思っとりましたので、それほど熱心には読んでいなかったのだと思います。
前までは鈴鹿のトロッコ道跡などを見ても、トロッコ線路のイメージが湧かなかったのですが、最近遊園地の線路などに乗ると、サイズ的にこのイメージなんだと納得しております。カーブの切り回しとかね。
>つまりこの1272標高点北のコルの下が、唯一の隧道箇所で、トロッコが通り抜けた軌道跡なのである。
とぅーぷまーずさんのレポ見てると、隧道の写真がありましたが、あれはこの路線とは違うのですか?
とぅーぷまーずさんのところから、更にその先のリンクの時の鉄路さんのHPも面白かったです。
http://homepage2.nifty.com/tkataoka/
最近はだいぶSLおたになりかけているんで。二人乗りの索道の写真も、なるほどなるほどと思ったり。
>地面は土がむき出しで、トロッコの車輪が土に埋もれて僅かにのぞいている。p1272東北東尾根のco1160辺りになるだろうか。
私も緑水さん同様、なぜに車輪が一つだけ落っこちとるのか?ってのに興味と想像を掻き立てられます。不思議ですね~。
>当時の食器・ビン類など遺物が散乱する飯場跡をしばらく見て回り、樫山三角点近くのヤドリギを沢山つけたお気に入りのブナの下でいっぷく。
ビールのラベルはなんでしょう。鈴鹿ではヤドリギをたくさんつけたブナってあまり見かけません。イメージ横根くらいかな。ヤドリギってブナ以外でも付くのでしょうか?材が軟らかいブナは付き安い?
>これで、わたしの大正期の樫山ー大台ケ原(シオカラ谷)を繋ぐ手押しトロッコ道の探索は一応終了である。
手押しってのは、リヤカーを押したり引いたりするイメージでしょうか?それとも、梃子を使って二人でシーソーを押すような(アニメとかでよくでてくる!?)イメージなんでしょうか?
前者はこないだの坂の上の雲の戦場のシーン(旅順攻略だったかな)で一瞬出ていました。でも、ここのトロッコは後者なのかな。
昔は、地形を見てルート取りとか何処で隧道を貫いて何処で橋を架けて、尾根でヘアピンを切ってと、技術者の手腕が問われていたんだなあというのを感じます。技術者の能力がそのまんま建設費や管理費に直結してたんです。
今の時代は重機が発達してるから、何でも力任せでつまらん。
>尾鷲道のある尾根のアリノキ嶺(p1414)とその南ピーク辺りの二ノ俣谷側軌道跡は未踏だが、また行く機会もあるだろう。またシオカラ谷の木材集積場から西大台地区へ延びるトロッコ道支線もあるようだが、こちらは入山管理区域の為、探索は難しい。大台ケ原・大峰の自然を守る会の調査報告を待ちたい。
このHPも面白いですね。読み応えのあるレポと興味深いリンクの紹介ありがとうございました。
あきたぬき。