【南伊勢】御萱山より牛の背に乗せて

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展開ビュー トピックのレビュー: 【南伊勢】御萱山より牛の背に乗せて

Re: 【南伊勢】御萱山より牛の背に乗せて

by わりばし » 2026年1月01日(木) 12:21

あけましておめでとうございます、グーさん。

伊勢神宮の萱場があり、遷宮等で使われる萱葺きはここでまかなわれている。

ここだけでは足りないので休耕田にススキを植えているニュースを見ました。
今回の足跡をたどるのは難儀しました。


各集落ごとで集めるのでは追いつかなくなり、新たにここに大規模な萱場を作ったみたいです。
当時は内務省ですから税金も使えるし、ボイランティアが全国から来たようです。

立ち入り禁止の萱場のエリアが地図に書いてないですからねえ。

神宮萱場
神宮萱場

萱場の麓にある五里山、沢沿いに進むと棚田跡、上っていく道に乗り換え鞍部に進む。

はっきりとは分からないが何となく。

萱場のネットに沿って行って、後は適当に登っただけですから

山から下りた不動尊
山から下りた不動尊

神岳に着いた。神岳を下りきると神峠で、少し上がった356mには萱地というプレートがあり

グーの見ている地形図には・374はあるが・356が表示されていない。
ま、しかし何となく位置は分かる。


地図には無いですね。
地名がわかるので、こういうプレートはありがたいです。
ISEのAOKIさんのプレートです。


破線道がコの字に進む

これはハッキリ分かります。

ここは溝道が復活した場所で、わかりやすいですね。

牛草山より五ケ所湾
牛草山より五ケ所湾

家に帰り日向が御萱山の中心地だったと『度会町史』に

ナント!!! 
わりばしさん家に度会町の郷土誌があるのですか!!
津市高茶屋出身ですよね?


「度会町史」はインターネットでいつでも読めます。
他の市町村史もこうしてくれると楽なんだけど。
:mrgreen:

https://www.town.watarai.lg.jp/contents ... frmId=2762

牛道だけに高低差を抑えた尾根伝いの道を選んだようだ。

この掘割道はグーも歩いたことがあります。
もう7年も前になるんだ。
ナズナさんには迷惑のかけっ放しのグーです。


グーさんも歩かれましたか。
あの大木はヤマモモですか。
ヤマザクラの古木と言い植林にしては風情のある残しかたをしています。

今年もよろしくお願いします。

Re: 【南伊勢】御萱山より牛の背に乗せて

by グー(伊勢山上住人) » 2025年12月29日(月) 15:45

20251216-21.jpg



わりばしさん、こんにちは。また年が変わりますね。
内館牧子さん77歳。ジャンボ尾崎さん78歳。
グーも刻々と棺桶が近づいてきているのだろうな。

伊勢神宮の萱場があり、遷宮等で使われる萱葺きはここでまかなわれている。

ここだけでは足りないので休耕田にススキを植えているニュースを見ました。

今回の足跡をたどるのは難儀しました。

萱場の麓にある五里山、沢沿いに進むと棚田跡、上っていく道に乗り換え鞍部に進む。

はっきりとは分からないが何となく。

神岳に着いた。神岳を下りきると神峠で、少し上がった356mには萱地というプレートがあり

グーの見ている地形図には・374はあるが・356が表示されていない。
ま、しかし何となく位置は分かる。

洞谷ノ頭(501m) 牛草辻(466m) 牛草山 日向に下る。

ここまでは足跡辿りは楽勝だったが・・・・

虎ヶ岳(502m) 浅間山(498m)

地形図に標高の数字はないが、まあ推測した所で間違いないだろう。

破線道がコの字に進む

これはハッキリ分かります。

家に帰り日向が御萱山の中心地だったと『度会町史』に

ナント!!! 
わりばしさん家に度会町の郷土誌があるのですか!!
津市高茶屋出身ですよね?

牛道だけに高低差を抑えた尾根伝いの道を選んだようだ。

この掘割道はグーも歩いたことがあります。
もう7年も前になるんだ。
ナズナさんには迷惑のかけっ放しのグーです。

https://yabukogi.net/viewtopic.php?f=4&t=4125


            グー(伊勢山上住人)

【南伊勢】御萱山より牛の背に乗せて

by わりばし » 2025年12月29日(月) 11:06

【日 付】2025年12月27日(土)
【山 域】南伊勢
【コース】8:25五輪堂---10:05神岳---12:00牛草山---13:40日向---14:30五輪堂
【メンバー】単独


https://maps.gsi.go.jp/#15/34.402448/13 ... z0r0s0m0f1

 宮川と一ノ瀬川の合流地より立ち上がった山に伊勢神宮の萱場があり、遷宮等で使われる萱葺きはここでまかなわれている。萱場の麓にある五里山の五輪堂は、鎌倉時代に旧法楽寺の末寺だった古利寺跡で本尊の一面観音・石碑・五輪塔などが集められ、裏山からは古瀬戸の壺に骨が納められた古い墓が発掘されている。法楽寺は宮川対岸の蓮華寺の場所にあり、南北朝時代には主戦場となった寺だ。

五輪堂石仏
五輪堂石仏

 五輪堂から沢沿いに進むと棚田跡で、上っていく道に乗り換え鞍部に進む。萱場に隣接し開けた尾根道には内務省の石杭があり、戦前に国家神道を管轄していた役所のものだ。江戸時代には日向周辺の10か所の御萱山から搬出されたが、昭和に入り五里山を御萱山として造成した時に打たれた杭だ。大きく広がる萱場が見渡せる場所で貧乏徳利のかけらを見つけた、戦時中に奉仕隊の隊員が雑木林を開き萱を植えた際に一杯ひっかけたのだろうか。

萱場
萱場

 萱場にそってトラバースしていくと水が流れる沢があり、「平成21年にお山を下りる」と書いてあった五輪堂の不動明王は元々ここにあったようだ。ここから萱場を離れ神岳に向かう、自然林の斜面を上っていくと時間がかかるので、途中から植林の境界道を使い神岳に着いた。

 神岳を下りきると神峠で、少し上がった356mには萱地というプレートがあり昔は萱場だったようだ。嵓のある尾根だが、稜線を避け粉雪つもる道をスムーズにトラバースしていく。九十九折で急な斜面をやりすごし、切通で岩を砕き高低差を無くしており大規模な造作だ。この時は何のための道かわからなかった。


牛道
牛道

 洞谷ノ頭(501m)を過ぎた牛草辻(466m)には6本の道がつながっておりこの山域にとって重要な場所であることがわかる。牛草山側に斜面が広がっており、昔は休憩中に牛が食む草原が広がっていたのだろう。トラバース道で牛草山に向い、最後は溝道に導かれて山頂に着いた。寒空に五ケ所湾と丸みをおびた太平洋が正面に見え、熊野灘は目と鼻の先だ。帰りは稜線の破線道で日向に下る。

日向浅間山
日向浅間山

 植林の尾根では溝道は消えてしまう、植林しやすいように溝はならされるようだ。虎ヶ岳(502m)をトラバースすると浅間山(498m)で、2体の智拳印大日如来が日向を向いて祀ってある。忘れ去られてから月日が経つようだ。里からは遠く御幣が日向から見えるだろうかと思われる場所だが、この道が日常的に使われた道だったということだろう。すぐに山の神があるが、こちらも参られた形跡はない。破線道がコの字に進むあたりから溝道が復活し、歩きやすい道になり、丈ノ九平峠を越え里に入る。登山口の正伝院には長い石段の先に秋葉鎮守堂があり、これが浅間さんの里宮になっている。

日向秋葉鎮守堂
日向秋葉鎮守堂

 家に帰り日向が御萱山の中心地だったと『度会町史』に書かれているのを見て、立派な溝道の意味がわかった。日向周辺の御萱山から萱を集め、船で宮川の度会橋周辺の川端まで運んでいた。萱地や牛草山周辺で萱を刈り、牛草辻に集め日向に降ろした道のようだ。牛草山の由来は「山で刈り取った草を牛に背負わせて運んだことにちなむ」とされており昔は御萱山だったのだろう。牛道だけに高低差を抑えた尾根伝いの道を選んだようだ。

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