【日付】 2025年11月30日
【山域】 敦賀半島 白木周辺
【天候】 晴れ
【メンバー】Kさん sato
【コース】 旧道の白木峠~△308~門ケ崎西の先端~白木集落~P
敦賀の町中を抜けると、朝の光を受けて穏やかに輝く海が目に飛び込んだ。
待ち合わせ場所から出発した時、空は薄灰色の雲で覆われていて、えっ?予報が変わったの?とちょっと心配になったが、予報通りだ。
約1年ぶりのKさんとの海をながめる山歩き。やっぱり青い海をながめたい。よかった、とほっとして、わくわく、と高揚感に包まれる。
今日、目指すのは、敦賀半島北西のぼこっとこぶのように飛び出た海岸線上のちいさな突起。
江戸時代から景勝地として知られる断崖絶壁の門ケ崎の西にあり、先端への痩せ尾根の右は崖、左は急斜面になっている。
少し前、Kさんからお話が挙がり、地図を見て、この魅惑的な突起に気づいた。
敦賀半島は、三内山、西方ケ岳、蠑螺ケ岳が背骨のように南北に連なり東西を隔てていて、一番低い鞍部に東と西を結ぶ道が通っている。
かつての山越えの道は、今はトンネル。人々が歩いて越えた馬背峠の名がつけられたトンネルをすうっと走り抜け、
西側の竹波集落を通り過ぎ、「こぶ」の根元の南北の集落、田ノ口、丹生、奥ノ浦と白木とを結ぶ白木越の旧道に入り、
峠手前の路肩に駐車して、美浜町と敦賀市の境の尾根へと足を踏み入れる。
山中はひょろひょろした常緑樹が密集し、足元にはシダが生い茂る。
今しがたまで、車窓から、ふっと在りし日を思い出させるような甘く暖かなキャラメル色の森を眺めていたので、
一面緑に包まれ、何だか不思議の森に迷い込んだような気分になる。
出発地の標高は約150m。目の前に飛び出した枝を払いのけ、ごわごわのシダを踏みつけ、緑の中を西へと進む。
何の木か分からないが、幹にクマの爪痕が付いている木が、ところどころで見られる。ここにもクマがいるのだ。
粟田半島先端の黒崎に向かっている時に、「ウゥーッ」と唸り声が聞こえたと思ったら、真っ黒なクマの親子が現れ、
「グォーッ」と叫びながら突進してきて、Kさんとわたしの間を駆け抜けていった恐怖の思い出が蘇り、ちょっと緊張する。
と、どこかからかシカでもサルでもない甲高い鳴き声のような声が聞こえ、ギクッとなる。幸い声は一度きりで物音もしない。
大丈夫。気持ちを切り替えて歩みを進めていく。
そろそろ尾根の分岐かな、と思いGPSを見たら、△308・3の尾根に入っていた。せっかくなので、三角点まで行くことに。
Kさんは、何年か前に、田ノ口の人びとが落合川沿いの田んぼに通った落合越と丹生と白木を結んだ白木越の道の探索をされ、
その時、峠道と車道を挟んで反対側の南北に走る尾根も歩かれていた。でも、このピークにはお寄りにならなかったそうだ。
そのまま進んでいくと落ち葉の中に標石を見つけた。
木々に覆われ、看板もテープもなんにもない地味な山頂。でもこの地味さになんともいえない心地よさを感じる。
「こっちに整地したような跡がある」
Kさんが、何かにお気づきになったようだ。
近くに行くと、だだっ広い山頂の標石西側の一角が確かに平らになっていて、あたりを見渡すと黒い板状の欠片が散らばっていた。
瓦の破片だった。礎石のような形の石も見られる。
「寺院があったのでは」とKさん。
菅浜と西原の集落を結ぶ峠道の探索の時に訪れになった三内山の西の△418.0寺山の山頂も、
寺院があったと思わすような平らな地形だったそうだ。
山上のお寺か、麓の寺社の奥の院か。ここに何かが建っていたのだ。ここに人びとが通っていたのだ。胸が高鳴る。
半島の村むらの歴史が知りたくなる。
思わぬ「発見」に興奮しながら境界線まで戻り、先端へと向かう北の尾根に入る。倒木やイバラが増えてきて、思うように歩けない。
前を歩くKさんが、斜めに倒れた木を踏み倒して歩きやすくしてくださるのだが、もたついてしまう。
イバラと木の枝が突き刺さり「あいたた」と言っている間に、距離が開いてしまう。
標高180m小ピークから北西に曲がり下っていくと、煌めく青い空とさらに青い海、
そして海に突き出した急峻な崖ときりりと尖った断崖絶壁が目に飛び込んだ。
断崖絶壁は、目指す先端の隣の先端だった。わたしたちが向かう先端はどんな形なのだろう。トクントクンと胸の鼓動が大きくなっていく。
前方にごつごつとした岩が見えた。と思ったら、いきなりの岩の痩せ尾根。そう、この劇的な風景の移り変わりが先端への山旅の醍醐味なのだ、
と、わぁっとうれしくなる。岩場の左右は切れ落ちていて、岩の間にはイバラやトゲトゲの葉っぱの灌木があり歩きにくい。
この先もっと急になるだろう。行けるかな、と思いながら、服に引っ掛かったイバラを「あいたた」とちいさく叫びながら取っていると、
Kさんが、「先端への尾根はもっと左だった」と戻ってこられた。
少し登り返すと、トラバースしましょうとおっしゃる。ここを?と思ってしまったが、絶妙なラインを見出してくださり通ることができた。
正しい尾根もイバラやトゲトゲの灌木が邪魔をする岩の痩せ尾根。
なんとかなるか、ならないか。脆い岩に細心の注意を払いながら、そろりと下っていく。
前方の青く広がる海に、恐竜の歯のようなギザギザした白い崖が突き出している。目指す先端だ。
これは無理か。波打ち際には降りられないか。
4年前にご一緒させていただいた黒崎半島の獅子ケ崎と内外海半島の老人礁の光景がぱぁっと色鮮やかに浮かび上がり、
清々しい諦めの気持ちが湧き上がろうとしたそのとき時だった。
「あぁ、行ける」と少し前を行くKさんのうれしそうな声が聞こえた。降りられるとすればここかな、とおっしゃっていた箇所だった。
近づくと、崖手前の左斜面の傾斜が少し緩んでいて足場もある。そして、あっと息を呑む、煌めく世界が真下に展開していた。
はやる気持ちを抑え、足元を確認しながら一歩一歩降りていく。
ざぶんざぶんと押し寄せる波音が近づく。波の音に負けじと胸の鼓動が鳴り響く。
最後、ざっぶん、とおおきくてやさしい音がからだを包み込み、Kさんとわたしは、水面からちょこっと顔を出した岩礁に立っていた。
垂直にそそり立つ断崖の間に開かれた、ちいさなちいさな岩礁地。自然が創り出した妙なる空間。
常緑樹の森を抜け、海へと向かうイバラとトゲトゲの灌木の岩尾根の先端は、眩い光を放つ宝石箱のような空間だった。
先端のうつくしい地形に出会い、波打ち際に降り立つことができたよろこびを噛みしめながらのお昼ご飯。
海と陸が描くダイナミックで繊細な風景の真ん中にちょこんと座り、11月終わりとは思えないぽかぽかとした陽気に包まれ、
晴れやかに澄み渡った空と、透明な海の水と、伽羅色の岩礁に打ち寄せる白い波を眺め、至福の時間を楽しむ。
辿ってきた岩の痩せ尾根は、下りより登りの方が気が楽だ。でも落石が怖いので、帰りは距離が開かぬよう、くっついて登っていく。
常緑樹の森からは、白木の集落に出て、旧道を歩いて駐車地に戻ることにする。
Kさんがご提案されたのは、ふたつ続く小ピーク南の鞍部から、崖マークが横についた谷を下っていくルート。
「何にもないでしょう」というお言葉通り、水も崖もない斜面だった。
本流とぶつかると水が流れた谷となるが足を濡らさずに歩ける。水道の施設が現れ、そこからは道跡を辿っていく。
降り立った白木は、古くから漁業を生業とし、薪づくりや炭焼き、田畑も行っていた海と山に囲まれたちいさな集落。
白木は、新羅の国の人たちが上陸して住み着いたことによって「シラキ」と呼ばれるようになったという説があるそうだ。
集落を見守るように見下ろしている白木神社は、むかしは白城という名で平安時代中期に編集された法典延喜式にも記されているという。
目の前は、さらさらしたアイボリー色の砂浜とサファイア色に煌めく海。おおきく伸びをして、駆け出したくなるような明るく爽やかな風景。
でも、その横で高速増殖炉もんじゅが不気味な光を放っている。
すぐ裏に山が迫った半島の端っこのちいさな平坦地。1960年まで陸の孤島で、敦賀へは白木峠、半島東側の立石、
浦底にはサビ峠を歩いて越えていた。深刻な病人が出た時、急ぎの用事が出来た時、どんなに大変だったことだろう。
かなしくつらい思いをされてきたことだろう。
立派な車道が通るのは、村人の夢だったに違いない。そして、1985年、もんじゅ建設にともない白木トンネルが開通し、
敦賀まで簡単に行けるようになった。
ちなみに、馬背峠トンネルは、2004年「コブ」の南にある美浜原発の蒸気漏れ事故により、
災害時における避難路確保のため2005年事業化され2009年に開通した。
「夢の原子炉」という謳い文句で、1兆円以上のお金をつぎ込んだもんじゅは、事故を繰り返し、一度もフル出力することなく2016年、
稼働してから250日で廃炉となった。廃炉作業も容易ではない。30年以上の期間と莫大なお金がかかる。安全面での不安も離れない。
便利な暮らしと引き換えに抱え込んだ不安。
子守唄を歌うようにやわらかに波打つ青い海と無言の白い塊を眺めながら、集落の人たちの心情を考えてしまう。
集落からは、くねくねと曲がる白木越の旧道を登っていく。歩いて、見て、聞いて、感じ、胸はいっぱいだ。
湧き上がった様々な感情の粒を浴びながら歩いていたら、朝踏み込んだ地が見え、駐車地に戻ってきた。
帰宅して、2・5万図に、旅してきた道のりを鉛筆で記す。
手のひらにすっぽりと収まってしまうちいさな範囲で、こんなにも未知の世界を感じ、深い歴史を感じ取ってきたのだ。
Kさんとご一緒させていただくたび、
「見るということはいたって簡単な行為であるが、その見方には無限のひろがりと深さがある」という宮本常一の言葉が頭の中をこだまする。
想像から創造する山歩きの面白さを、今回も、Kさんは感じさせてくださった。
わたしの中に、まだ見ぬ、そして見過ごしてきた、未知の世界を感じる。今日の旅から繋がっていく世界を感じる。
Kさんと出会い、たくさんの事を学ばせていただき、今日もこうしてご一緒させていただき、ありがたい気持ちでいっぱいになる。
sato