【日付】 2025年11月6日
【山域】 野坂山地 岩籠山周辺
【天候】 晴れ時々曇り
【メンバー】 母 sato
【コース】 駄口岩籠山登山口⇔インディアン平原
9時過ぎ、人気のないだだっ広い敦賀駅東口に着いた。
わくわくと不安。母と会う前はちょっと緊張する。1時間無料の駐車場に愛車を止め、時計をチラチラと見ながら、
『分県登山ガイド福井県の山』のページを、読むことなく右左とパラパラとめくっていると9時25分になった。
「あっ、もう時間だ」今、気づいたように大げさに呟いて、勢いよくドアを開けて外に飛び出し、豪華大型客船のような駅舎へと小走りで向かう。
外見とは不釣り合いの2階のちいさくて簡素な改札口の前で待っていると、ばらばらと人が出てきて、
目を凝らしていると、赤紫色のリュックを背負った母が現れた。
「お母さん!」
しゃんとして歩く姿を見て、ほっとして、うれしくなり、思わず大きな声で呼んでしまう。
「あぁ、さとちゃん」
母は、すぐに気がついてくれて、10年ぐらい前から聞くようになった少し気の抜けたようなやわらかな声でわたしを呼び、
まっすぐ改札口を出てきた。右手には、靴ひもを十字に結んだ白い紙袋をぶら下げている。
「何これ?」
「落花生。昨日イオンに行ったら新豆が売っていたので買ってきたの。それから渡そうと思って買っておいたお菓子」
「荷物になるのに、わざわざ持ってきてくれたのね。ありがとう」
何で靴ひもで結んでいるの?と笑いそうになりながら、お礼を言って紙袋を受け取り、ふたり並んでエスカレーターに乗って1階に下り外に出る。
一緒に登った山、これから登る山が出迎えてくれる。
「こっちの大きな山が去年登った野坂岳。あっちがこれから登る岩籠山」
「岩籠山も敦賀三山のひとつなのよね」
「そう。いいお山だよ。10日前にも登って、あぁいいなぁってあらためて思って、今日行きたいなと思ったの」
駐車場に入り車に乗り込むと、母は、すっとシートベルトを締めていた。
初めて乗った時、その次も、手こずっていたのに。今日の母は元気だ。少し若返ったようにも見える。
一週間前の電話で、喉が痛いと言って沈んだ声で話していたので、またうれしくなる。
10時。駄口の登山口から歩き始める。麓から見上げた山肌は、くすんだ緑色。
乗鞍岳に続く稜線あたりから色づいているのを期待して谷間の道を進んで行く。
急坂に入り段差は大丈夫かなと思ったが、前を行く母は、ところどころ手をつきながらもしっかりとした足取りで登っていく。
「あっ?これ?」
華やいだ声を出し、前かがみになった母の視線をたどると、繁みの中にちいさなお星さまのような白いお花が咲いていた。
「センブリ!」
「あぁ、やっぱりセンブリなのね。私が行く山には咲いていなくて。かわいいわねぇ」
「そうなんだ。出会えてよかったね」
センブリは、この先にもぽつぽつと咲いていて、わたしたちを歓迎してくれる。
「あっ!」
今度は、凛とした青紫色のリンドウ。センブリとリンドウは、インディアン平原に咲いているのは確認していたけれど、
△361.5までの道沿いに咲いているとは知らなかった。
お花が大好きな母。咲いてくれてありがとう。ちいさな花ばなにお礼を言いながら登っていく。
△361.5からしばらく常緑樹の森を進んでいくと、色づき始めた木々が現れた。と思ったら、鮮やかな色彩に包まれた。
伐採跡地はうつくしい紅葉を迎えていた。
「お母さん、紅葉しているよ!」
今日は、ふたりで紅葉も見たかった。少し前の冷え込みで一気に色づいてくれた。興奮して叫んでしまう。
「きれいねぇ。これはダンコウバイ?」
「シロモジだよ。恐竜の足跡みたいな形の葉っぱ」
「ちょっと離れるときちんと形が見えなくなっちゃって」
白内障の手術をするほどではないと眼科の先生から言われたみたいだけど、遠くのものはぼやけて見えるという。
もくもくした白い雲が浮かぶ青い空。赤、黄、緑の濃淡様々な色彩が散りばめられた森。展望地から望む越前の山やま。
移りゆく秋のうつくしい一日の情景を、わたしと同じようには見ることのできない母。せつなくなる。
でも、一緒に感じ取っているよね、と思い直す。
「きれいだね」
「きれいね」
ふたりの声が、カサ、カサ、カサ、と落ち葉を踏みしめる音と響き合う。
・677を越えると、いよいよわたしのこころを惹きつけてやまないブナの林だ。
・708の南北、口無谷右俣の源頭に広がるブナ林を始めて見た時の驚きと感動は、今なお色褪せずこころに刻まれている。
海から近い標高750mあまりのちいさなお山に、こんなにもうつくしいブナ林が存在しているのだと。
10日前、黄緑色だったブナの木々は、べっこう飴色に光り輝いている。
「お母さん、見て、見て。素敵でしょう」
「全部、ブナなのね。若い木ね。きれいに並んでいるのね。関東の山では、ブナの純林はほとんど見られないのよ」
「葉っぱもきれいだね」
「あぁ、ほんと」
すっくと立ち並ぶブナの木を立ち止まっては見上げながら、急坂を下り、・708に登っていく。
12時。若いブナの林を抜け・708に到着。ここで、母の思わぬ言葉が出た。
「いいブナ林だったわね。満喫したからここまでにするわ」
「えっ?疲れたの?」
「ううん。2時間歩いたから、もう引き返す時かなと」
一度も休んでいなかったし、順調に歩いてきた。疲れてもいない。でも、下りが気になるという。
「お母さん、インディアン平原まで、あと30分だよ。すぐ先に、ここよりおおきなブナが立ち並ぶ素敵なブナ林があるよ。
そこまで行って考えようよ」
せっかく、せっかく、ここまできたのに。元気なのに。ちいさな子供のようにわーんと泣きたくなる。
「じゃあ、おおきなブナまで行って考えるわ」
わたしのぐすんとした声を感じてくれたのか、気が変わったのか、母はまたゆっくりと歩き始めた。
「あぁ、きれいねぇ。この黄色い葉っぱは?」
「ウリハダカエデ。きれいに色づくよね。ねぇ、木の向こうに見える岩がインディアン平原だよ。あともう少しでしょ」
「あら、ほんと」
しっとり静かな輝きを放つ木々を眺めながら歩いているうちに、インディアン平原との鞍部、口無谷のもうひとつの源頭に着いていた。
「ここ。ここ。素晴らしいでしょ」
「あぁ、ほんと。おおきなブナ」
「インディアン平原はあと10分ぐらいだけど、どうする?」
「そうね。10分なら行こうかしら」
母は、歩みを止めず前を向き、そのまま急坂へと進んで行った。
そして、12時20分、是非、ふたりで味わいたいと思ったインディアン平原に辿り着いた。
「こんな風になっているのね」
「不思議で素敵なところでしょ」
木々で覆われたちいさな里山の山頂直下に広がる大展望の草原地帯。
緩やかに波打つササの草原には、いろいろな形のおおきな花崗岩が屹立し、不思議な空間を際立たせている。
この開放感あふれる独特な風景を母と味わいたかったのだ。
「ほんとねぇ」
と言ったきり、母は立ち止まりインディアン平原を眺めている。
もっと感想を聞きたかったが、わたしも黙って母の視線に合わせる。わたしと同じ思いを強要してはいけない。
そして、今日歩き始めてから、やわらかな声で「ほんとねぇ」と繰り返してきた母の横顔を見ながら、
分かり合えず、自分の思いを言い合うのに疲れていた頃を思い出し、「お母さんすっかり角がとれてしまったね」とこころの中で呟き、
望んでいたことなのに、さみしさを覚えてしまう。
「敦賀湾が見える岩でご飯にしよう」
「どこ?」
「あっち。お腹空いたよぉ」
しんみりとした気持ちを吹き払うように、はしゃいだ声を出し、10日前、イバラとツゲのヤブから飛び出した平原の北端へと向かう。
今日は、風もなく暖かな陽気。岩の横にシートを敷いて腰を下ろす。
コンビニで買ってきた、おにぎりとパンを差し出すと、母はおにぎりをひとつだけ受け取った。
飲まず食わず休憩無しで昼過ぎまで歩き、ご飯はおにぎりひとつで充分だという。でも、食後の頂き物の酒饅頭はうれしそうに食べてくれた。
小豆が好きな母。わたしが子供の頃は、冬になると鍋一杯におぜんざいを作ってくれた。
おいしかったのだけど、食べ過ぎて最後に気持ち悪くなったことが何度かあった。もう、手作りのおぜんざいを味わうことはないのだなぁ、
とお饅頭を持つ老いた母の細くてしわしわの手を見ながら思う。
13時。母は、下りが気になると言って立ち上がった。
「ねぇ、ここで写真撮ろうよ」
歩き出そうとするのを呼び止める。
「遺影写真の候補が増えちゃうわね」
「違うよ。お母さんの顔を見ながら、次の山を思い描いていくんだよ」
ここがいいかしらと言いながら岩の前に立つ母の姿を、眉間に力を入れてスマホのカメラの画面で見ながらちいさく呟く。
どこからかやさしく吹いてきた風が、わたしの声にならない声を掬い上げ、母の耳元に運んで行ってくれたのか。
帽子からはみ出したまっしろな髪の毛がふわりとそよぎ、母は照れくさそうに笑っていた。
さわさわと秋を歌うススキに見送られながら来た道を戻っていく。懸念していた鞍部への急坂もヌルヌルではなかったのでスムーズに下れた。
帰りの新幹線は、17時13分。まだまだ時間に余裕がある。
ゆっくりと、ちいさな里山の森が描く逃げゆく秋の一日の輝きを味わいながら下っていく。
「今年は、いろは坂の大渋滞のニュースを見て日光の紅葉を諦めてしまったし、
好きだった山の紅葉も、歩けなくなっちゃってもう見ることは出来ないけれど、今日、充分楽しめたからよかったわ」
鮮やかな橙色のウリハダカエデの葉にそっと触れながら、自分自身に言い含めるような口調で母が呟く。
母のこころには、たくさんのうつくしき紅葉の想い出が仕舞われているのだろう。愛する山やま、感動を分かち合った友人との想い出とともに。
今日も、霞んだ目で紅葉を見つめ、もう二度と会うことのできない風景、友人を思い出しだしていたのだろう。
何て答えたらいいのだろう。気が付けば的外れなことを口走っていた。
「お母さん、今日も、ガイドブックのコースタイムで登れたね。すごいね。でも、もう、すごいねって言ってくれるお友達もいないのね。
だから私が、お母さんすごいんだよってみんなに言うよ」と。
母は「そうなのよ。むかしからの山の友達は、70代から一人減り、二人減りと減っていって、とうとうみんな亡くなってしまって、
話す人もいなくなっちゃった。でもノートにはずっと書き残しているのよ。私が死んだら読んでね。
びっくりの量になっているから」と言ってさみし気に笑った。
母は、来年の2月で85歳。元気に歩けるのはありがたいけれど、かなしいのだな、と思う。
まっ白な髪の毛で背中も少し曲がりどこから見てもお婆さん。景色ははっきりとは見えないし、好きだった岩場も歩けず、
木の根っこや段差にもひと苦労。そして、一緒に山を楽しむお友達もいなくなってしまった。
でも、このかなしさが、山へと向かわせる力にもなっているのだ、とも思う。
歩けなくなっちゃって嫌になっちゃう、と言いながら、今日も歩いている。ほんとうに山を愛しているのだなぁ、と思う。
そして、そんな母の血を、わたしは受け継いでいるのだなぁ、とあらためて思う。
△361・5から最後の下り。
母は、背中を曲げ、行きに見つけたセンブリを、いとおしそうに見つめていた。
ちいさくなった母の後ろ姿が、何故か、いわさきちひろの絵の中の少女のように見えて、涙が出そうになる。
どんなに年をとってもこころは老いない。母の山への想いは、おさなごの純粋なこころそのものなのだ。
15時25分、駐車地に着いた。
ここから敦賀駅までは20分ほど。1本前の16時4分の新幹線に十分間に合う。
どこかで時間つぶししても、と母は言うけれど、遅い時間に駅から家まで自転車に乗って帰る姿を想像すると心配になる。
「お母さん、来年はさぁ、全山紅葉の取立山に行こうよ。
今日、どっちにするか迷っていたのだけど、ちょっと歩きにくい方の岩籠山にしたの。わたしのお気に入りの山を歩きたいなぁと思って。
取立山からは白山がドーンと見えるよ。今日より歩きやすくてコースタイムも短いよ。
その前に新緑のマキノの山、そしてロープウエイを使って比良山にも行こうよ。まだまだ登れるね。
だから夜道で転んで怪我をしたら困るよ。早いのに乗ろう」
「わたしもお母さんともう少し一緒にいたいな」
と言いたいのを振り切って、ここ一週間あれこれ考えていたことを並べ立て、さぁ、さぁ、と愛車に促す。
sato