【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

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Re: 【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

by sato » 2025年3月25日(火) 20:52

山日和さま

こんばんは。
日曜日は、スノー衆ありがとうございました。小豆山周辺は、一昨年、昨年、今回と3年続けて訪れましたが、味わい深い山域ですね。
みなさまと楽しむことができてうれしかったです。

ひと月以上前の山旅にコメントをくださったのに、お返事が遅くなり申し訳ありません。
ほんとうに縁というのは不思議なものですね。
そう、草川啓三さんが『山登りはこんなにも面白い』という本を作ってくださったことによって、
山日和さんと知り合うことができました。でもその時は、まだ、ヤブこぎネットのお仲間になることも、
こうしてご一緒するようになることも想像しませんでした。

『琵琶湖の北に連なる山』は、山だけではなく、その地域の歴史や文化などにも触れられていて、
いろいろな興味を掻き立てられ、ふと気になった時、読み返しています。と言いながら、購入したのは夫でした。
夫は地図が大好きで、お泊りで山に出かけるのが難しい時期、草川さんや、金久昌業さんの本は、私より熱心に読んで地図で確認していました。
近江に暮らし始めた頃、『琵琶湖の北に連なる山』に書かれている山をふたりで歩いていました。
ページを開くと、歩いた日の記憶も蘇ってくる大切な本です。

足俣川は上流まで林道が延びていて、植林がちなのだろうなと思いましたが、
地図を見ていると、歩いて、見て、何を感じるのだろう、とどきどきします。
むかしから、山に生きた人たちは、孫のために木を植えてきました。戦後の木材不足から始まった拡大造林政策で、
山の持ち主は、豊かになることを信じてスギやヒノキを植えていったのだろうなぁと思います。
しかし、安価な輸入木材が入ってきたことによってスギ木材の価格は下落し、一生懸命に植えた木は放置され、
山林が荒れる結果を招き、花粉症の問題も生じてしまう。一本一本スギを植えた人の気持ちを思うと何ともいえない思いになります。

ブンゲンから国見峠にかけての稜線は、山日和さんとも近江側の姉川と美濃側の粕川支流の谷を遡り何度か訪れました。
千疋谷の源頭は急坂の下のなだらかな場所ですね。2枚目の写真を撮ったあたりに出たのですね。
千疋谷はトチノキとナメ滝が印象に残っています。素敵な谷でした。
そう、紅葉の時、起し又谷源流尾根を周回した時に出会った見事な堀割道も忘れられません。
曲谷と美束を結ぶ西谷越道ではないかと思いました。
それから、加野内谷を訪れた日のことも思い出しました。下った尾根がサナギ越道ではないかと。立派な堀割道が現れましたよね。

クマは好きですが怖いです。
『森のしずく3号』に、クマへの思いを書かせていただいたのですが、
その直後に訪れた残雪の飛越国境の御巣鷹山で、距離がある時にお互い認識したのに、逃げずに突進してきたのと、
新緑の頃に出かけた地元の山で、クマが私たちに気づいていて、私たちが知らずに通り過ぎてから後ろから突進されたことによって、
クマへの恐怖心がグンと増しました。
ひとりだったらどうなっていたのかと考えるとゾッとします。

各地のスキー場が閉鎖する中、奥伊吹スキー場は、関西最大級のスキー場として賑わっていますね。
1952年に人と牛しか通れない曲谷と甲津原を結ぶ石峠道の迂回路の工事が開始され、
冬の生活を苦しめていた雪を良いものへという思いで、スキー場作りが始まったそうです。

ヤブこぎネットは、今年で20年にもなるのですね。
何かを始めても維持していくことは難しい。山日和さん通風山さんのご尽力、みなさまの思いがあってこそ、続いてきたのですね。
みなさまのおかげで、私もヤブこぎネットのお仲間に入ることが出来ました。すべてのご縁に感謝です。
山日和さん、コメントありがとうございました。

sato

Re: 【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

by 山日和 » 2025年3月17日(月) 16:26

satoさん、こんにちは。

 物忘れが多くなったり、集中力が続かなかったり、からだのあちこちに不具合を生じたり、疲れやすくなったり・・・

これが加齢というヤツでしょう。人間誰しも避けては通れない道ですね。

 ご縁。様々な場面で、「ご縁」という言葉が使われ、わたしも使ってきたが、ここ数年、父が亡くなってからだろうか、
人、物事の巡りあわせや繋がり、関わりあいを意味する「縁」という響きが持つ重さ深さを、しみじみと感じるようになった。
人生は、様々なご縁が繋がり繰り広げられていく。そして、思いもかけないゆたかな世界に出会ったりする。わたしも然り。


縁というのは不思議なもの。私とsatoさんも、草川さんの「山登りはこんなにも面白い」の企画がなければ知り合うことすらなかったですね。
人生「たまたま」の連続です。

 五台山のページは、「天平の時に思いを馳せる」という標題で、
「天平の頃、聖武天皇は夢の中で文殊菩薩の霊場として知られる唐の五台山に登り、文殊菩薩から教えを授かったという。
そこで聖武天皇は行基に五台山に似た山を探し寺院を建立するように命じた・・・・吉槻の五台山と名付けられたピーク周辺の地形は、数個のピークが連なる台地状の形をしており、まさに五台山である・・・」と書かれている。


この記述はすっかり忘れてしまいましたが、そんなに謂われのある山だったんですね。
私にとっては起し又谷右俣の源流にある山というだけの認識でした。

 ところが、ふっと文中のクマの足跡を見たという一行が浮かんで来て頭から離れなくなり、クマに遭うのではと怖くなってしまった。

あれだけクマに出会ってても慣れませんか。 :mrgreen:

「じゃあ、五台山は?虎子山との周回で」思わず提案していた。
「五台山?『琵琶湖の北に連なる山』に載っている山?」
夫も熟読している。直ぐに話はまとまった。

アルパイン志向の旦那さんがこの本を熟読しているとは意外です。

 上板並と吉槻の集落の間にあるきれいに除雪されたチェーン着脱場に車を置かせていただき、足俣川に架かる橋を渡り尾根に取り付く。

姉川側からの虎子山以南の伊吹北方稜線は植林のイメージが強くて足が向きませんでした。

 5つのピークは、これまでと同じような植林と雑木林。木立の向こうの、まっ白に光り輝く金糞岳の神々しいお姿に目を奪われ、
聖なる台地も実感がわかずに通り過ぎてしまう。

このあたりにありがちな地味なピークですね。

 30m下り40m登って一番広い台地・1047に辿り着いた。
ぱぁっと眺望が開けることもなく、うつくしいブナ林もない。眼前には国境稜線の山がでんと鎮座している。旅の途中という感じの山頂だ。
 5つの山上の台地が並ぶ、知恵を司る文殊菩薩さまの聖地、近江の五台山は、山上に咲いた蓮の花のような別天地ではなかったが、むかしむかしから、人々が生きるために分け入ってきた歴史を感じる趣のある山だった。

普通はこの風景を見てもなかなかそういう風には思えないかも。

 楽しみにしていた複雑な地形もほとんど植林で、地形の妙を楽しむとまではいかなかったが、
村人は、孫のため、子孫が食べることに困らないよう、こんなところにまでスギを植えに来ていたのだとしんみりとなる。


やっぱり植林主体なんですねえ。

姉川上流域の山村は、美濃との繋がりが深く、ふるくから国境稜線を越えて人びとが行きしていた。
石臼作りで知られる曲谷からは、西谷越、サナギ谷越と呼ばれた美濃とを結ぶ道が存在していたという。


起し又谷の源流尾根を周回した時に掘り込まれた道型を見つけましたね。

近江側の植林がなかったら上谷山のような麗しいお姿なのに、と思ったが、波打つ雪稜にわくわくする。

これが残念なところです。

 稜線に出てから、スノーシューがほとんど潜らなくなった。夫は調子が上がったのか、50mの急坂をスタスタと登っていく。
 登り切るとつるりとした雪原に出た。
美濃側には、のびのびと枝を伸ばしたうつくしいブナの木が佇む浅い谷地形が広がっていて、思わずほおが緩む。

ここは昨年遡行した千疋谷の源頭部ですね。いいところでした。 :D

 ここから細長い山頂に入っていく。
振り返ると、金糞岳、国境稜線、貝月山、奥美濃の山やまがうつくしい山襞を描きながら連なり、その奥に白山が純白に光り輝いている。
東には、御嶽山、乗鞍岳、アルプスの峰々も望む。あぁ、この眺めも忘れられなかったのだ。


この尾根は南向きなら顔を左側だけに向けて歩くところですね。 :mrgreen:
近江側の植林がなければ素晴らしい雪尾根なんだけど。

あまりにもぽかぽか穏やかだったので、珍しく50分近く休憩していた。

いつもの半分ぐらいですね。 :lol:

伊吹山を眺める素敵な尾根歩きは、・946まで続いた。

足俣川の右岸尾根も草川さんの本で興味を持ちましたが、やはり植林がちのイメージで足が向かなかった尾根でした。

はじめは堀割道があったが不明瞭となり、急斜面をトラバースする羽目に。
深雪の急斜面のトラバースは避けるべきと認識しているのに、堀割道に誘われてしまった。

雪山あるあるですね。
:lol:
 車道に出ると、奥伊吹スキー場から帰る車がひっきりなしに走って来て緊張する。

これが本日の核心部かもしれませんね。
奥伊吹スキー場の駐車場から甲津原まで歩いた時の恐かったこと。

「すべてのご縁に感謝ですね」

まさにその通りです。
やぶこぎネットもひょんなことから通風山さんとの縁で始まってもう20年です。

                山日和

Re: 【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

by sato » 2025年3月10日(月) 20:31

                           
 宮指路さま

こんばんは。
こちらこそスノー衆で、ご一緒できてうれしかったです。
いい一日でしたね。ありがとうございました。

「袖振り合うも多生の縁」
ほんとうに、人生は、いろいろなご縁の繋がりですね。
ふっとした出会いが次へと繋がっていったりする。宮指路さんとの出会いも忘れられません。
宮指路さんに教えていただき初めてヤブこぎネットのサイトを開きました。
でも、あの時は、スノー衆をご一緒するなんて、想像もしませんでした。

そう、つい今しがたまで考えていたことを忘れたりするのですが、むかしのことはよく思い出します。
それも、たわいもないことを。感動したことなどは感動したという記憶が残っていても、その内容は覚えていなかったり。
不思議ですね。

私は、それこそヤブこぎネットに出会うまで、ネットで個人の方が書かれた山の情報を見ることがほとんどなく、
本から、こんな山があり、こんな山登りが出来るのだよ、ということを教えていただいてきました。
近江の地と近江の山も、京都に住み始めた頃は、これほど惹かれるとは思ってもみなかったです。
日本アルプス方面や、ネパールやインドのトレッキングに出かけるばかり。
一時、遠くに行けない状態になり、その時から、急速に近くの山への興味が増していきました。

わりばしさんの「福岡野に向かう道」は、『森のしずく2号』にまとめられていますね。
鈴鹿のお山には、こんな歴史もあるのだと知る貴重なレポートだと思います。
私は、鉱山で働いていた人々に興味があり、どこから来たどんな人たちが、どんなことを思い、
働いていたのだろうと思いを馳せながら読みました。

五台山は、『琵琶湖の北に連なる山』に書かれています。
吉槻の光泉寺の山号が「五台山」なのですね。姉川上流域の東草野の歴史と文化に興味があります。
お山に登り、知りたいことがまた出てきました。

夫は、甲信地方の山や、スノーシューで一日歩くよりもアイゼンやピッケルを使う山登りの方が好きなのですが、
お互い、もう若くはないのだよというからだのふしぶしからの声を実感するようになり、
まぁ、今のうち、一緒に行ける山に行こうか、と歩み寄るようになった感じです。
片目が悪いので、ふたりの時は、私が運転するようになりました。
気がいいわけでも、のろけでもなく、私の好きな作家南木佳士の言葉をお借りして
「家族の時間は期間限定。楽しくてもうっとうしくても必ず期間限定。だから大切に、と主張する資格はありません。
でも、これがからだの芯にしみこんだ生きる基本です」
ですね。

もう、花粉症の季節なのですね。鼻は大丈夫ですが、肌のかゆみ、特に顔の痒みが増していて困っています。
痒いのは嫌ですが、山には行きたい。
宮指路さん、コメントありがとうございました。またご一緒できたらいいですね。

sato

Re: 【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

by 宮指路 » 2025年3月07日(金) 21:54

satoさん、こんばんは スノーシューではお世話になりました。

 
物忘れが多くなったり、集中力が続かなかったり、からだのあちこちに不具合を生じたり、疲れやすくなったり・・・
頭とからだの衰えを感じることが増していくのとともに、過去を振り返ることも多くなった。
 ご縁。様々な場面で、「ご縁」という言葉が使われ、わたしも使ってきたが、ここ数年、父が亡くなってからだろうか、
私も母が亡くなってから先祖との繋がりとか身近な人との縁、山でたまたま一緒になった人との縁などいろんな縁を感じます。
先日、朝明で出会ったしのやんとも不思議な縁を感じました。
私は物忘れも多くなったけど昔のことを良く思い出します。又ちょっとした動作に不具合が出て、転倒したりもします。
その分、山では気をつけています。

人、物事の巡りあわせや繋がり、関わりあいを意味する「縁」という響きが持つ重さ深さを、しみじみと感じるようになった。
人生は、様々なご縁が繋がり繰り広げられていく。そして、思いもかけないゆたかな世界に出会ったりする。わたしも然り。
「袖振り合うも多生の縁」と言う諺もあるように世の中にはいろんな縁がありますね

 
旅先で夫と出会ったことにより京都で暮らすことになり、京都とその周辺の山に興味を持ちはじめた。
図書館に行っては山の本を探して借りていた時、『近江の山』『近江湖西の山を歩く』に出会い、
近江の山の魅力、地図を見て想像し創造する山歩きの面白さにとりつかれた。

私もわりばしさんの「福岡野に向かう道」のレポに触発されて「治田鉱山の今昔」と言う本を読んで治田鉱山に夢中になったことがありました。
『琵琶湖の北に連なる山』を読んで、近江への思いが募っていき、13年前、山とうみを感じるこの地に移り住んだ。
 そして今、近江の山、その向こうに連なる山やまを楽しんでいるわたしがいる。
近江の思い入れが強いんですね。

 
『琵琶湖の北に連なる山』は、山を見て、山を歩き、山を想いながら近江で暮らすよろこびを感じさせてくれる本となっている。
本を胸に、湖西から湖北、さらに先へ。雪の季節になると、うみの向こうに連なる白き山やまへ吸い込まれていくように向かっ
ている。

この間のスノー衆で白山の展望に歓声を上げていましたね。
草川さんの本には五台山のことが書かれているんでしょうか?

 
その湖北の山で、ずっと気になっている山があった。本の中でも、ひとつだけ、まだ訪れたことがない山として残り続けている。五台山だ。
 五台山のページは、「天平の時に思いを馳せる」という標題で、
「天平の頃、聖武天皇は夢の中で文殊菩薩の霊場として知られる唐の五台山に登り、文殊菩薩から教えを授かったという。
そこで聖武天皇は行基に五台山に似た山を探し寺院を建立するように命じた・・・・
その寺院はおそらく吉槻の集落に「光泉寺」というお寺がありますが、その寺の山号が「五台山」と言われているようです。
吉槻の五台山と名付けられたピーク周辺の地形は、
数個のピークが連なる台地状の形をしており、まさに五台山である・・・」と書かれている。
 近江の五台山。地図で確認して、わぁほんとうだ、と胸が高鳴った。
これはますます行きたくなりますね。
 機会は、突然やってきた。2月15日、夫の仕事が中止となり、ふたりで奥美濃方面の山に行くことになった。
どこを目指していたのか気になりますが、例えば五蛇池山とか?

11時。ここまで4時間ちょっと。虎子山に向かえる。細長い山頂の真ん中過ぎたあたりから北へと進んでいく。
楽しみにしていた複雑な地形もほとんど植林で、地形の妙を楽しむとまではいかなかったが、
村人は、孫のため、子孫が食べることに困らないよう、こんなところにまでスギを植えに来ていたのだとしんみりとなる。
今ではスギ花粉が猛威を振るっていますね  花粉症は大丈夫ですか?
振り返ると、金糞岳、国境稜線、貝月山、奥美濃の山やまがうつくしい山襞を描きながら連なり、その奥に白山が純白に光り輝いている。
東には、御嶽山、乗鞍岳、アルプスの峰々も望む。あぁ、この眺めも忘れられなかったのだ。
写真からも素晴らしい眺望だったのが良く分かります。
ここまで登ってきた甲斐があるというものです。


 
林道に降り立つと、ワカンとスキーの跡が付いていた。しかも複数。何なのだろうと思いながら歩いていたら、
ひとりのお兄さんが現れ、今日は、猟師さんが集まり、シカとイノシシ狩りに出かけたのだと教えてくれた。
そういえば、お昼頃、遠くでバーンという音が聞こえていた。
こんな奥深い山域で会えるのは熊か漁師くらいなもんでしょう

 
車道に出ると、奥伊吹スキー場から帰る車がひっきりなしに走って来て緊張する。
16時20分、駐車地に到着すると、いつものことだけど、夫はせかせかと片付けをして助手席に乗り込んだ。
以前は夫と半々に運転していたが、数年前からはほとんどわたしが運転している。
気の良い奥さんに甘えていますね。

 
出発すると、やはりいつものように、スマホでメールやラインのチェックを始めた夫に、
この人は、山の余韻に浸ることはないのかと思ったが、
旦那の粗が見えてきたら黄色信号ですね。
夫がこうして始終仕事のメールをチェックするのも、
仕事でいろいろな方とご縁が出来たから、そして、仕事があるおかげで好きなお山で遊ぶことができ、
今日は、夫が予定を変更したいと言ったから夢見たコースを歩けたのだと気付く。そう、ご縁のおかげだ。
最後はのろ気でしたね。 ごちそうさまでした。

                              宮指路

 

Re: 【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

by sato » 2025年3月06日(木) 22:34

びわ爺さま

こんばんは。
コメントありがとうございます。
こちらこそスノー衆では、お話出来てうれしかったです。
青緑色発言にはびっくりしましたが。
でも、色って何なのだろう。人と私は同じように色を感じているのだろうか。
考えるとよく分らなくなってきます。

虎子山もスノー衆が開催されたお山なのですね。美濃側は自然林の尾根で気持ちよさそうだなぁと上から眺めていました。
国見峠から伊吹北尾根も楽しめますね。
「私をスキーに連れてって」わぁ、懐かしい。スキーブームを巻き起こし社会現象にもなりましたね。
ユーミンの歌もみんな聴いていました。私も友達の家のビデオで観ました。原田知世ちゃん可愛かった。
国見岳スキー場では、2016年になってもポスターが貼られていたのですね。
私が、以前虎子山に登った時も、「恋人がサンタクロース」の歌が聞こえていたかもしれません。
国見岳スキー場は何年か前に閉鎖したと聞きました。思い出のある方にとってはさびしいだろうなぁと思います。

3年前は、結果的に金糞岳を訪れてよかったです。この年も3月初めまでは雪が多くて、
見事な雪庇と、まっ白に輝く白倉岳に出会えました。金糞岳山頂には霧氷も残っていました。

駐車地は、足俣川より南です。雪の季節は、駐車地が気になりますよね。スノー衆での駐車地は、私も大丈夫かなぁとちょっと心配でした。
五台山は、地図を見て想像を膨らませて遊んでいましたが、実際は植林がちのお山なのだろうなと思っていました。
あれこれ想像して、歩いて、見て、風景をからだで感じる。それが楽しいです。

大ダワの山上台地は素晴らしいですね。大好きな場所です。
びわ爺さんが大ダワを思い出してくださり、私も、大ダワの想い出が次々と蘇ってきました。
コメントやお返事を書いていると、いろいろなことを思い出します。そういう時間もいとおしいですね。

靴の濡れは、そう、先ずスパッツに問題がありますね。ボロボロで防水機能が失われています。
高い山や泊まりの山に行く時は、いいスパッツをつけているのですが、お値段が高かったので毎回は使うことが出来ず・・・。
買い替えなければと思いながら、まだ買っていません。スノーシューは、金具を見て、すぐに買えたのですが・・・。

「縁」があって出会いがある。
数々のご縁が繋がり、ヤブこぎネットに出会い、びわ爺さんという素敵なお方と繋がることも出来ました。
「ご縁」に感謝です!

sato

Re: 【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

by biwaco » 2025年3月05日(水) 23:14

Satoさん、スノー衆では大変お世話になりました。
行動中もですが、帰りの温泉でまで超タイムオーバーしてみなさんにご心配かけてしまい恐縮してます。
お湯やタオルが青緑色に見える!?なんて初めての体験で、すっかり弱気になってしまいました。
緑内障? 帰宅後は症状はなくなりましたが、原因を解明するのが怖くてそのまんまにしています。

トラス山、いつかスノー衆で行ったなあ…と記録を見たら2016年、もう10年近く前でした。下った国見スキー場のレストハウスに「私をスキーに…」の原田知世のポスターが貼ってありました。
でも五台山は初耳の山名。地図で上坂並、吉槻、足俣川…のwordを探して、「ああ、反対側からか!」と判明しました。
でもsatoさんの「ご縁」の山は、・1047ピークの五台山なんですね。ポコが5つ。・992pから五台山にかけて僅かに撓んだ稜線に並んでますね。

3年前、せっかくの機会だったのにクマさんが怖くて金糞の花房尾根にチェンジでしたか。雪が多い今年はクマさんもまだ穴倉でお休み中でしょう。(笑)
 上板並と吉槻の集落の間にあるきれいに除雪されたチェーン着脱場に車を置かせていただき、足俣川に架かる橋を渡り尾根に取り付く。
先日のスノー衆でも懸案だった駐車場所ですが、そんな適所があったんですね! ・256のあたりでしょうか?
足俣川右岸尾根の・322から破線路に入るのかな。ここからでも五台山まで標高差700ⅿ以上。距離もかなりあります。いつか辿ってみたい気にもなりましたが、無理は禁物。自粛自粛(>_<)
 30m下り40m登って一番広い台地・1047に辿り着いた。
ぱぁっと眺望が開けることもなく、うつくしいブナ林もない。
五台山の山頂はイメージしていた「聖地」でも「別天地」でもなかったけれど、人々の暮らしの歴史を感じさせてくれる場所だったんですね。
何年か前に土蔵から初めて訪れた大ダワの広い台地が頭をよぎりました。
 植林に入る頃には、緩んだ雪にズボズボと潜るようになり、快適とはいえない歩みとなる。冬靴を履いてきたのに、靴下もびしょ濡れだ。
どうやら靴のせいでなく、スパッツがダメみたいですね。低山は気温が低いから大丈夫ですが、下手すると足が凍傷になります。やばいやばい!
今日は、夫が予定を変更したいと言ったから夢見たコースを歩けたのだと気付く。そう、ご縁のおかげだ。
運転お疲れさまでした。原因があって結果がある。「縁」があって出会いがある。山との出会い、人との出会い、どれもいい出会いであってほしいものです。「ご縁」に謝謝(笑)

           ~びわ爺

【伊吹山地】 ご縁に導かれ 五台山虎子山雪山旅

by sato » 2025年3月04日(火) 22:36

【日 付】 2025年2月15日
【山 域】 伊吹山地 五台山、虎子山周辺
【天 候】 晴れ
【メンバー】夫 sato
【コース】 上板並と吉槻の間にあるチェーン着脱場~△992.5~・1047五台山~
      江美国境稜線~△1183.2虎子山~・1163~・630~足俣川林道~  
      P

 物忘れが多くなったり、集中力が続かなかったり、からだのあちこちに不具合を生じたり、疲れやすくなったり・・・
頭とからだの衰えを感じることが増していくのとともに、過去を振り返ることも多くなった。
 ご縁。様々な場面で、「ご縁」という言葉が使われ、わたしも使ってきたが、ここ数年、父が亡くなってからだろうか、
人、物事の巡りあわせや繋がり、関わりあいを意味する「縁」という響きが持つ重さ深さを、しみじみと感じるようになった。
人生は、様々なご縁が繋がり繰り広げられていく。そして、思いもかけないゆたかな世界に出会ったりする。わたしも然り。

 旅先で夫と出会ったことにより京都で暮らすことになり、京都とその周辺の山に興味を持ちはじめた。
図書館に行っては山の本を探して借りていた時、『近江の山』『近江湖西の山を歩く』に出会い、
近江の山の魅力、地図を見て想像し創造する山歩きの面白さにとりつかれた。
『琵琶湖の北に連なる山』を読んで、近江への思いが募っていき、13年前、山とうみを感じるこの地に移り住んだ。
 そして今、近江の山、その向こうに連なる山やまを楽しんでいるわたしがいる。

 『琵琶湖の北に連なる山』は、山を見て、山を歩き、山を想いながら近江で暮らすよろこびを感じさせてくれる本となっている。
本を胸に、湖西から湖北、さらに先へ。雪の季節になると、うみの向こうに連なる白き山やまへ吸い込まれていくように向かっている。
 その湖北の山で、ずっと気になっている山があった。本の中でも、ひとつだけ、まだ訪れたことがない山として残り続けている。五台山だ。

 五台山のページは、「天平の時に思いを馳せる」という標題で、
「天平の頃、聖武天皇は夢の中で文殊菩薩の霊場として知られる唐の五台山に登り、文殊菩薩から教えを授かったという。
そこで聖武天皇は行基に五台山に似た山を探し寺院を建立するように命じた・・・・吉槻の五台山と名付けられたピーク周辺の地形は、
数個のピークが連なる台地状の形をしており、まさに五台山である・・・」と書かれている。
 近江の五台山。地図で確認して、わぁほんとうだ、と胸が高鳴った。
眺めていると、5つのピークが山上に浮かぶ蓮の花のように見えてきた。
・1047から国境稜線にかけての尾根と谷が複雑に入り組む地形にも目が惹きつけられた。

 3年前の3月に、よし行こう、と思い立ち家を出た。
江美国境稜線の虎子山が、わたしも「いい一日」を感じたお山としてこころに残っていて、先ず五台山に登り、
時間に余裕があったら、国境稜線に出て虎子山へと周回するつもりだった。
 ところが、ふっと文中のクマの足跡を見たという一行が浮かんで来て頭から離れなくなり、クマに遭うのではと怖くなってしまった。
結局、その日は、花房尾から金糞岳を訪れた。
 それ以来、五台山=クマとなってしまい、夢見つつも、ひとりで訪れるのが怖い山となってしまった。

 機会は、突然やってきた。2月15日、夫の仕事が中止となり、ふたりで奥美濃方面の山に行くことになった。
ところが、14日、仕事を終えて帰ってきた夫が、もう少し近くの山にしないかと言ってくる。
「じゃあ、五台山は?虎子山との周回で」思わず提案していた。
「五台山?『琵琶湖の北に連なる山』に載っている山?」
夫も熟読している。直ぐに話はまとまった。

 前置きが長くなったが、夢見続けていた五台山に向かう時がやってきた。
 上板並と吉槻の集落の間にあるきれいに除雪されたチェーン着脱場に車を置かせていただき、足俣川に架かる橋を渡り尾根に取り付く。

 植林地には、水路と石積みが見られ、かつては田畑だったことを物語っている。
雪質はモナカ雪の箇所が多い。山中に、バリバリと音を轟かせながら進んでいく。
 半分植林、半分雑木林の地味な風景が続く。・684を過ぎると尾根は急こう配に。
バリッと踏んだ雪が崩れて足が滑るので、木を掴みながらの登りとなる。
お互い歩きやすい所を選び、黙々と登っていく。

 傾斜が緩やかになり、細い木が立ち並ぶ雑木林の間を縫っていくと、視界が広がり雪原が見えた。わぁっ、とうれしくなる。
・946から△992・5にかけて尾根が細くなったあたりは雪庇が出来ていて東側の眺望が開け、振り返ると水色の空におおきな伊吹山。
あらゆる世界を見つめる空の旅を終えた巨大な白い船のような超然泰然たるお姿に見入ってしまう。
 5つのピークは、これまでと同じような植林と雑木林。木立の向こうの、まっ白に光り輝く金糞岳の神々しいお姿に目を奪われ、
聖なる台地も実感がわかずに通り過ぎてしまう。
DSC_1108 (2)_1.JPG
 30m下り40m登って一番広い台地・1047に辿り着いた。
ぱぁっと眺望が開けることもなく、うつくしいブナ林もない。眼前には国境稜線の山がでんと鎮座している。旅の途中という感じの山頂だ。
 5つの山上の台地が並ぶ、知恵を司る文殊菩薩さまの聖地、近江の五台山は、山上に咲いた蓮の花のような別天地ではなかったが、
むかしむかしから、人々が生きるために分け入ってきた歴史を感じる趣のある山だった。

 11時。ここまで4時間ちょっと。虎子山に向かえる。細長い山頂の真ん中過ぎたあたりから北へと進んでいく。
楽しみにしていた複雑な地形もほとんど植林で、地形の妙を楽しむとまではいかなかったが、
村人は、孫のため、子孫が食べることに困らないよう、こんなところにまでスギを植えに来ていたのだとしんみりとなる。

 12時少し前に、気が付くと国境稜線に着いていた。左右から谷がきゅっと入り込んでいて、稜線は飛び出たような形を描いている。
姉川上流域の山村は、美濃との繋がりが深く、ふるくから国境稜線を越えて人びとが行きしていた。
石臼作りで知られる曲谷からは、西谷越、サナギ谷越と呼ばれた美濃とを結ぶ道が存在していたという。
サナギ谷越の道は、五台山北から緩やか地形を縫っていき、西谷二俣合流地近くまで尾根道だったのかなぁ、
とあたりを見渡しながら思ったりする。
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 近江側は植林が目立つが、美濃側はブナ林となり眺望にも恵まれる。
ぼんやり景色を眺めている間に、暑い暑いと言って後ろを歩いていた夫が、いつの間にかさっさと先に行ってしまっていた。
 
 1090mの細長い小ピークを越えると、おおきな雪庇に飾られた三角おにぎりのような虎子山が眼前に迫ってきた。
近江側の植林がなかったら上谷山のような麗しいお姿なのに、と思ったが、波打つ雪稜にわくわくする。
そう、虎子山からこの雪稜を見下ろして、いつかこちらから登ってみたいなぁと思ったのだ。

 稜線に出てから、スノーシューがほとんど潜らなくなった。夫は調子が上がったのか、50mの急坂をスタスタと登っていく。
 登り切るとつるりとした雪原に出た。
美濃側には、のびのびと枝を伸ばしたうつくしいブナの木が佇む浅い谷地形が広がっていて、思わずほおが緩む。
 ここから細長い山頂に入っていく。
振り返ると、金糞岳、国境稜線、貝月山、奥美濃の山やまがうつくしい山襞を描きながら連なり、その奥に白山が純白に光り輝いている。
東には、御嶽山、乗鞍岳、アルプスの峰々も望む。あぁ、この眺めも忘れられなかったのだ。
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 虎子山山頂は、風もなくぽかぽか春の陽気。時間は13時を過ぎたばかり。
ゆっくり景色を味わいながら、夫は山座同定にいそしみながら、平和なコーヒータイムを楽しむ。
あまりにもぽかぽか穏やかだったので、珍しく50分近く休憩していた。
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 14時前、山頂を後にする。
虎子山はひたすらラッセルしながら植林の中を登り、それだけに稜線に出てからの眺望に感激した思い出が残っているのだが、
伊吹山を眺める素敵な尾根歩きは、・946まで続いた。
 植林に入る頃には、緩んだ雪にズボズボと潜るようになり、快適とはいえない歩みとなる。冬靴を履いてきたのに、靴下もびしょ濡れだ。
 ・630を過ぎ、鞍部から西に延びているショートカットの破線道を辿ることにする。
はじめは堀割道があったが不明瞭となり、急斜面をトラバースする羽目に。
深雪の急斜面のトラバースは避けるべきと認識しているのに、堀割道に誘われてしまった。

 林道に降り立つと、ワカンとスキーの跡が付いていた。しかも複数。何なのだろうと思いながら歩いていたら、
ひとりのお兄さんが現れ、今日は、猟師さんが集まり、シカとイノシシ狩りに出かけたのだと教えてくれた。
そういえば、お昼頃、遠くでバーンという音が聞こえていた。

 車道に出ると、奥伊吹スキー場から帰る車がひっきりなしに走って来て緊張する。
16時20分、駐車地に到着すると、いつものことだけど、夫はせかせかと片付けをして助手席に乗り込んだ。
以前は夫と半々に運転していたが、数年前からはほとんどわたしが運転している。

 出発すると、やはりいつものように、スマホでメールやラインのチェックを始めた夫に、
この人は、山の余韻に浸ることはないのかと思ったが、夫がこうして始終仕事のメールをチェックするのも、
仕事でいろいろな方とご縁が出来たから、そして、仕事があるおかげで好きなお山で遊ぶことができ、
今日は、夫が予定を変更したいと言ったから夢見たコースを歩けたのだと気付く。そう、ご縁のおかげだ。
 
「すべてのご縁に感謝ですね」
ハンドルを握りしめながら、窓の外に広がる青みが失せた夕方の空にそびえ立つ伊吹山をちらりと横目で仰ぎ見て、
ちいさく頭を下げる。

sato

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