あけましておめでとうございます、satoさん。
「聖地巡礼 御池岳奥の平」感慨深く読ませていただきました。
先月、シュークリームさんのご案内で田曽浦に出かけた時、とっちゃんさんから「御池岳・憧」をいただきました。
山日和さんから御池岳を愛された近藤郁夫さんのお話はお聞きしていましたが、
近藤郁夫さんのお言葉、心模様に触れ、胸がいっぱいになりました。
とっちゃんさん、同好の方々が描かれた御池岳のうつくしく儚く静謐な世界、その世界を感じとる感性に、こころ震えました。
わりばしさんが添付してくださった「生かされて御池岳」を拝読し、涙がにじんできました。
生きること。生かされていること。愛する山があり、歩ませていただくことができるしあわせを教えていただきました。
まだまだヤブが濃くて一般の人は見向きもしなかった頃です。
杣人さんの奥さんから「旦那が変な本書いてるのよ。」と紹介されたのが最初の出会いで
その時は、「御池かあ?」と思い買いませんでした。
昔から多くの人々が歩いてきた鈴鹿の山です。
西尾本に触発されてその深さに興味を持つ人がたくさん出てきて
楽しい時代でした。
シュークリームさんから「人の死というものは、その人のことを覚えている人がいなくなって初めて起こるものである」
というお言葉を教えていただきましたが、近藤郁夫さんは、みなさまのこころの中に生き続けているのですね。
近藤郁夫さんが伝えてくださった尊い輝きは、私のこころにも刻まれ、私の物語のひとしずくひとかけらとなり続いていきます。
愛するお山と遊ばせていただけるしあわせを忘れずに歩んでいこうとあらためて思いました。
杣人さんは市井の教育学者だったので、生き様と研究課題が同じ土俵だった気がします。
御池岳は、ヤブこぎの方々にとって憧れのお山、そして思い出の詰まったお山なのですね。
私は京都で暮らし始めてから、御池岳の存在を知り、初めて登ったのが2003年の秋だったと思います。
草川啓三さんの「鈴鹿の山を歩く」を読み、T字尾根を登りました。
雪の御池岳へはワカンで丸尾から登ったのが最初でした。前日雪が降り、初っ端から雪があり、
進むにつれて、膝下、膝とどんどんと潜っていき、県境稜線に出た時には、わりばしさんと同じように膝上まで潜る状態でした。
ここから200m近く下って400m近く登れるのか、こころが折れそうでしたが、
夫とふたり雪を崩し踏み跡を固めながらなんとか登りきることができました。
その時は、奥の平南のうつくしき世界を覗く時間の余裕も無かったので、そのまま引き返し、木和田尾を下りました。
私も草川啓三さんの「鈴鹿の山を歩く」を読んで、T字尾根を登りました。
御池はヤブコギにとっては象徴的な山でしたね。
真っ白な山上台地を彷徨えたのはそれから何年か経ってからです。
雪で覆われたドリーネにこころ奪われました。
「青のドリーネ」(近藤郁夫さんが命名されたのですね)と呼ばれているのを、数年前、山日和さんから教えていただき知りました。
2時過ぎというか、曇りの日で日の入り具合によって青く見えるんです。
私も一度見ました。
夢のようにうつくしい白銀の雪原。そして透明な世界へと吸い込まれていきそうな青のドリーネ。
深雪に分け入り苦労して辿り着いたからこそ出会えた、一期一会の尊い世界なのですね。
いいタイミングで静寂の奥の平に出合えて良かったです。
私は、今年、どんな風景に出会っていくのだろう。
お互い、平穏な日々があり、ゆたかな山旅を重ねていけたらいいですね。
キノコ採りに雪山といらんことばっかりしていて
なかなか進みませんが
ボチボチ原稿を書き溜めています。
こんな時間が幸せなんだろうな。