【日付】 2024年12月15日、12月17日
【山域】 比良 武奈ヶ岳、釣瓶岳周辺
【天候】 15日 晴れ 16日 晴れのち曇り
【コース】 12月15日 細川~八幡谷右岸尾根~北稜~武奈ヶ岳~コヤマノ岳~武奈ヶ岳~八幡谷左岸尾根(細川尾根)~P
12月17日 栃生~イクワタ峠道~イクワタ峠~釣瓶岳~スゲ原~ナガオ~釣瓶岳~ハタケ谷左岸尾根~P
* 武奈ヶ岳 うつくしき白縹色の世界に出会う *
玄関の扉を開けると、今晩満月を迎えるおおきなお月さまと目が合った。愛車は霜で覆われ、月の光を浴びて白く浮かんでいる。
昨日の雨もすっかりと止んだ。今朝はピリッと冷え込んでいる。プレゼントは期待するのではなく楽しみにするもの、と思っていても、
夜明け前の青灰色の空を従えて煌々と輝くお月さまを見上げ、大いに期待してしまう。
道が凍っているかもしれない。雪も出てくるかも。付け替えたばかりのスタッドレスタイヤでの運転。
はやる気持ちを抑え、そろそろと車を走らせる。
朽木に入った辺りから路肩に雪が現れた。どのくらい増えるのだろうと思ったが、駐車地の細川休憩所は薄っすら白くなっているだけだった。
安心して置かせていただくことができてホッとする。
八幡谷に沿った道を少し進み、お社の奥から尾根に取り付く。植林の急こう配の尾根。
落ち葉と雪で足元が安定せず、ズルズルと滑り、かえって時間を取るのに、期待で胸が躍り、上へ上へとからだが向かってしまう。
標高650mあたりで、スノーシューを履く。潜るのは、ふくらはぎの下ぐらいで足運びは順調。
綿帽子雪の木々に囲まれ、おとぎ話の世界に踏み込んだような気分になる。わぁ、なんて素敵なの。
目を見開き、わぁ、わぁ、とひとりごち。
でも次第に、はぁ、というため息に変わっていった。あれよあれよという間に雪が深くなっていたのだ。
今シーズン初ラッセル。まだ足が慣れていない。膝下ぐらいまで潜り、はぁ、はぁ、と息を吐きながら、
木立の向こうのまっ白に凍った北稜が、だんだんと低くなっていくのを励みに、空気をたっぷりと含んだ積もりたての雪に一歩を刻んでいく。
青と白の眩い光が目を射った。あぁ稜線だ。
よたよたと辿り着いた1040mの小ピークからは、吸い込まれていきそうな青い空と、一面の霧氷の世界が広がっていた。
大いに期待し、胸を躍らせ、その通り、いやそれ以上の夢のような光景を目の当たりにして、ふぅと力が抜けてしまう。
わたしの立つぽてっとした生クリームのような雪を盛られたピークの奥に佇む「白い魔女」のスギが並ぶ釣瓶岳を、
これから進む煌めく霧氷の海の先にそびえ立つどこまでも白き武奈ヶ岳を、ごくりと息を呑み仰ぎ見る。
キリリと冷たくピリッと熱い風に頬をたたかれ、我に返ったように、胸がトクトクと波打ち始めた。
記憶はより光を放ち蘇り、目の前の現実を戸惑わせる。
さぁ、行こう。まっさらな雪をほおばり、霧氷の海に足を踏み入れるが、あれっ?と立ち止まってしまう。
武奈ヶ岳から延びる純白のひと筋の道はどこにあるのだろう。左に目を向けるが灌木で覆われている。
木の間を通り抜けようとして、吹き溜まりにはまり、どてっと転び、あっ、と気づく。
まだ灌木のヤブが埋まり雪庇が出来るほど、雪が積もっていないのだ。
そうかぁ。夢のような光景を前に、さらに夢のような物語を描いているわたし。
現実は、そう夢のようにはいかない。だから面白かったりする。よし、と立ち上がり、
ふんわりやさし気に見えて、しんとして非情な軟雪に、膝まで潜り、時に踏み抜き転びながら、足跡を残していく。
どのくらい経ったのだろう。眩いばかりの白雪の雪面が現れた。
足裏に力が入る。一歩を踏みしめながら青と白の境に向かっていく。
武奈ヶ岳山頂には、登山者が数人いて、それぞれ絶景を楽しんでいた。
ほんとうに素晴らしいとしか言いようがない風景が繰り広げられていた。
風景との出会いは一期一会。
休みの日が降雪直後の晴れの日で、地元となった地の愛する比良のお山に向かい、
今シーズン初のスノーシューを履き、ひとりラッセルをして、うつくしい霧氷の海を渡り、てっぺんに立ち、この風景に出会えたのだ。
青い空の下に連なる白縹色に輝く山やまを眺めながら、深い感慨に包まれる。
登らせていただきありがとうございます。山とうみを感じるこの地に住まわせていただきありがとうございます。
感謝の気持ちでいっぱいになる。
時間を確認すると、10時10分過ぎ。もっと時間がかかったと思ったがそうでもなかった。
コマヤノ岳の霧氷のブナの森の散策もしたい。よし、行こう。
山頂からは、しっかりとしたトレースが出来ていた。人生、道から外れたり、寄り道してばかりのわたし。
こんな時もつい道を外して歩いてしまうが、次々と登って来る人達の目線が気になって落ち着かない。
若者グループの弾んだ声を聞いているうちに、なんだかさみしくもなる。ひとりの時より孤独を感じてしまう。
みなさまが作ってくれた道に戻り、黙々とコヤマノ岳を目指す。
武奈ヶ岳山頂は風が冷たかったので、コヤマノ岳のあの大きなブナの木の下でお昼ご飯を食べようと思ったのだが、
落ち着かず、ご挨拶だけして戻る。
戻った山頂は、多くの人で賑わっていた。登ってきた雪原を下っていくと、西からの冷たい風を遮り、
釣瓶岳を真正面に拝めるちいさなへこみを見つけた。まさにお山の女神さまが用意してくださったかのような特等席。
登山者の姿は見えず、声も聞こえない。
やっぱりわたしは、釣瓶岳とお話したかったのだ。
白雪にいだかれ、白い雲がたなびく青い空と、まっすぐな光を放つ太陽と、白縹色に煌めく山やまとの、
せつなくいとおしい時間がやさしく過ぎていく。
下りは、細川尾根と呼ばれる八幡谷左岸尾根へ。尾根に入ると、稜線より冷たく強い風に襲われた。
雪も深い。そして圧巻の霧氷。寒さと感動でガタガタと震え、動きたくても動けない。
キリキリと痛む指先を合わせ、今、ここにいる、しあわせなわたしを噛みしめる。
霧氷の森は、標高1000mを切っても続いた。
植林に入りスノーシューを外すと、たったかと勢いよく集落を目指し下っていった。
一度も振り返らず、止まらずに。
溢れてこぼれ落ちそうになる煌めく宝物を抱きしめながら、たったかと。
*釣瓶岳 白い魔女に会いに*
玄関の扉を開けると、またおおきなお月さまと目が合った。
今朝は二日前ほど冷え込んでいない。愛車もフロントガラスに霜が降りているくらい。
ふあぁ、とあくびをして車に乗る。今日は、はやる気持ちもなく、のんびりと栃生まで車を走らせる。
何年かぶりに訪れた集落の、林道上の民家のいくつかは取り壊されていて更地となっていた。
一軒の大きな家の前には「売地」の看板が立っている。裏山は伐採のための林道を作っているのか。
記憶の風景がなくなってしまったことに、しんとなる。
「登山道」の標識に従い山中に入ると、記憶に残る足にやさしい緩やかな道が続いていた。
この道は、栃生と鹿ケ瀬を結んだ峠道。途中で枝分かれして地蔵峠、笹峠、イクワタ峠へと延びていく。
地蔵峠道はコメカイ道と呼ばれ、朽木の人びとが、高島へ米を買いに行く時に行き来し、
ササ峠道は、木炭、杉皮、杭などを運んだ歴史が残っている。
斜面をゆるゆると縫い、ピークは巻き、地形にすぅっと溶け込みながらゆったりと高度を上げていく道の造形のうつくしさに酔いしれる。
雪に残された登山者の足跡に、わたしが生まれる前にこの地に生きた誰かの足跡が重なって見える。
標高750mあたりから雪が多くなった。今日は心置きなく歩ける。トレースを外れ気の向くままに登っていく。
840mの平たくなった地点からは展望が開け、蛇谷ヶ峰のやさしいお姿を眺めながら進んでいく。
霧氷は無く、陽射しもやわらか。見渡す山やまもみな穏やかだ。
のんびり気分で歩みを重ねているうちに、お気に入りのブナの木に着き、もこもこと雪を纏ったスギの木立の下に立っていた。
まわりの木々はとっくに霧氷も雪も落としているのに、釣瓶岳山頂のスギは、たっぷりの雪で覆われていた。
「お父さん、白い魔女だね」
ぽわっと胸が熱くなる。
時間はまだ早い。くるりと旅して戻ってきてからご飯にしよう。スゲ原へと下っていく。
8つの淵と大小20以上の滝をかけ日本の滝百選にも選ばれている名渓、八池谷の源頭は、
核心部の豪快な風景とは一転し、伸びやかな地形が広がり、ゆらゆらと彷徨いながら歩くのに魅了されている。
どっちに行こうか。ゆらゆら、くるくる。
あんまり遊びすぎると登り返すのがしんどくなるので、太陽が雲に隠れたのを機に、ナガオへと登っていく。
ひょろりとした木が並ぶ尾根を北上し、かくっと左に曲がると、「白い魔女」のスギ木立だ。
やはりここは、雪が深くてやわらかく膝まで潜る。
「今日は、穴に落ちないよ」
父は見ているだろうか。あの日と同じように、ぷっ、と頬を膨らませて見せる。
わたしの足跡に合流して、「白い魔女」のすぐ下の「わたしの場所」に座り、
「わたしの風景」をゆっくりと味わいながら、パンをほおばる。
「白い魔女」の上から覗く太陽が、やさしく背中を温めてくれる。
じんわりとした温もりが、むかしむかしの温もりへと繋がっていく。
ぽたりとひとつ涙がこぼれる。
わたしは、これからも比良を旅していくのだな、と思う。
下りは、ハタケ谷左岸尾根。眺望が開けた爽快な斜面は、踏み跡ひとつない。
わぁっ、とうれしくなり、一直線に駆け下りていく。
「ねぇ、見て、見て」と、どこかに向かって、こころの中で叫びながら。
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