【 日 付 】 2024年9月16日(月)
【 山 域 】 鈴鹿
【メーバー】むらまさ単独
【 天 候 】 晴れ
【 ルート 】 8:20 青川ゲート前広場ー8:50 湯ノ谷出会ー9:10 銚子谷出会ー9:45 日丘稲荷ー
10:00 桧谷から ー11:00 中尾地蔵ー11:50 治田峠ー 12:30 孫大夫山ー
13:10治田峠ー14:40 日丘稲荷ー15:40 青川ゲート前広場
8月4日に孫太尾根から孫太夫山へ行ったつもりが、行けて無いのが分かったので、
崩壊している青川歩いて行って来ました。
2014年の大水で昔の面影がすっかり無くなったと聞いていますが、初めて訪れた時にはもうすでに、
隧道は銚子谷の土石で埋まって無くなっていました。
今は、隧道のヤハズオの尾根ごと無くなっているようでした。

- 尾根ごと流されている隧道が有った付近
途中これが銚子大滝?青川から大きな滝が見えていました。

- 銚子谷の銚子大滝?
鈴鹿の山と谷の記述では銚子谷大滝(不動滝)の左下の河原に不動明王の石像が安置されていると。
右岸にハーケン、フィックスザイルが散乱していて、不動信仰でお詣りに来るの目的の為と書かれています。
奥山さんの絵地図(S51年)にも銚子大滝18mの下に残置ハーケンの記載が有りますが、不動明王の事は書かれていません。
地元新町のMY HOUSEさんの手前右上の山小屋の方とお話する機会が有り、鉱山好きでやぶこぎネットのわりばしさんの福岡野につづく道の牛道を孫太尾根に確かめに来ましたと説明したら、先祖が鉱山経営をされていたと聞きびっくりしました!
やぶこぎネットのわりばしさんが、森のしずく02で詳しく書かれていますと説明したら是非欲しいという事で
わりばしさんにも連絡を取り、昔のお話を聞きに伺いました。昔の村史や写真も拝見しました。
銚子滝の不動明王の石像も大水の時に、大丈夫かと心配されていたようです。流されてとても残念と言っておられました。
治田村史では古くは山神谷と呼ばれ、その後銚子谷と谷も銚子谷と呼ばれるようになったと鈴鹿の山と谷に書かれています。
山小屋の方から銚子の滝の不動さんという民話があると教えて頂きました。

- いなべの民話 銚子の滝の不動さん
この民話の編集後記の中に出てくる現地を確認された登山愛好家の出口幸雄さんは、
黒川静夫著書の伊勢治田銀銅山の今昔の本の中の折込の治田山地名図3枚を書かれた方ですね。

- 「銚子の滝の不動さん」 編集後記
【お願い】
やぶこぎネットの方で、谷が荒れて無い時に青川や銚子谷の銚子滝の写真や不動明王の写真とか撮ってあるよと言う方みえましたら、
コメント・写真のUPを是非お願いします。昔の青川も見たいです。過去の足跡見ても発見出来ませんでした。
最近銚子谷を詰められた方の情報では、どこが銚子滝かも判らなかったと、谷には何も無かったと言われてました。
三鉱谷も荒れているようです!
谷の出会いの河原は細かい石が敷き詰められていました。
涼しくなったら三鉱谷や桧谷を少し行ける所まで詰めたいと考えています。
日丘稲荷は無事です。
今も管理されている方がいらっしゃるのでしょうか?

- 日丘稲荷
日丘稲荷から先の道が落ちているので、一旦桧谷へ降りて谷を登ります。
途中桧谷から外れ、落ち葉が堆積している獣道のような登山道を登ります。
傾斜があり滑ると下まで行きそうなので、行きも帰りも落葉をストックで払い慎重に歩きました。
あとは掘割のつづら折れ道を登り、中間位に祠の崩れた中尾地蔵があります。
中尾地蔵は祠は崩れ 形の判らなくなった石塔が2体寄り添っていました。

- 中尾地蔵
治田峠は昔は毎日何人の往来が有ったんですかね!
滋賀県の茨川への伊勢谷も2年前に歩きましたが荒れていました。
今日は1人も1匹も(ヒル以外)遭いませんでした。

- 治田峠
山が崩れる原因は針葉樹の植林が大きいと思います。
孫太尾根側(自然林が多い)も多少崩れていますが、遠足尾根側(植林が多い)はひどいです。
治田峠から県境を藤原の方へ30分位北上した所に、孫太夫山が有り
先日歩いた孫太尾根へ続く牛道の始点になるとわりばしさんから聞きました。
蛇谷の銀山からも鉱石を運んだようです。
蛇谷も茨川から2回登りました。ちょうど孫大夫山の北側県境稜線に出ました。
蛇の鱗の様にギラギラとしている所は有りませんでしたが、カラミが沢山落ちていました。
ズリの中に木製の樋?みたいな物が埋まっていました。

- インターチェンジだった孫大夫山
今回は沢靴での登山で、濡れるのは気にしなくて良いですが、落ち葉とか滑ります!3回尻もち着きました。
ヒルは居ましたが指で弾きながら歩いたのでやられませんでした。