【友ヶ島】「山伏さんについて行く・虎島修行のあつい一日」
◆山域:友ヶ島
◆山行日:2024年7月6日
◆天候:晴れ
◆聖護院門跡主催 山伏体験ツアー参加
◆ルート:加太港乗船9:30、神島遥拝、深蛇池、閼伽井跡、第一経塚序品窟、観念窟、虎ケ原、閼伽井跡、野奈浦桟橋乗船15:30
この日のことは、ヤマップにいくつか記録が上がっている。
すごく上手に写真撮られている人もいて、ちょっと羨ましい。
私は、間近で山伏さんの写真撮っていいのか、何だか気が引けて、ほとんど写真がない。
だからこの記録も書かないでおこうと思ったけれど、この何だろう、
ちょっと不思議で、なんかもどかしくもあり、でも無性に、
山伏さんのようにお経を唱えたいっていう、密かな熱い気持を書こうと思った。
昨年から始めた奥駈道つなぎは、もうすぐ終わってしまう。
次はどこへ行こうかとぼんやり考える。
どこかで、葛城修験道のことを読んだ。
山は標高も低く、奥駈道のように美しくはないかもしれない。
けれど、始まりの場所が、海に浮かぶ島というのが、心を捉えた。
そしてその始まりの地は、役小角が法華経の一つ目の経典を埋納したという、
とても聖なる場所らしかった。
ただ残念なことに、そこには、誰でも行けるわけではなく、
山伏さんしか行けないようなことが書かれてあった。
そうか、大事な場所は凡人には手が届かないのかと、諦めつつも、
しつこく葛城修験道のことを調べていたら、
聖護院門跡主催の体験修行というのがあるのを見つけて、速攻エントリーする。
梅雨真っ只中、この日の天気予報は、ずっと雨マーク、今年は無理かなと思っていたら、直前になって晴れに転じた。
朝から日陰で立っていても、汗が吹き出してくるような暑さだった。
案内して下さる若い山伏さんたちも、すごく暑そうだ。
汗をふきふき、ツアーの概略を説明して下さる。
ただ歩くのではなくて、他者に思いを巡らし、自分の心に向かい、
何かを感じて歩いて下さい。そして山伏に興味を持ってもらえると幸いです。
というようなことを真摯に語られた。
久しぶりに乗る船。半分観光気分だった。まだこの時は。
友ヶ島というのは、4つの島々の総称らしい。
沖ノ島の野奈浦桟橋に着いて、山伏さんの法螺貝の響きに導かれて歩き始める。
いつものようにおしゃべりはせず、自分の心と対峙する。
しばらくは遊歩道。常緑の自然林に包まれる美しい道だ。
木々の合間から小さな島が見える。山伏さんが解説して下さる。
あれは神島で友ヶ島にある5つの行場のうちの一つがあるとのこと。
海岸線付近に小さな池があり、役小角が神剣を授かったという聖なる場所。
今は誰も上陸できなくて、木々の合間から遥拝する。
さらに少し遊歩道を進んだかと思うと、とつぜん道から外れ、
立ち入り禁止のロープをまたいで、ずんずん下る。
ぬかるんでいて、ヤブもかき分ける。道の脇に沼地のような池があるようだ。
ほどなくして、葦のような植物が生い茂った場所に降り立つ。
石臼のようなものがあり、古い碑伝が重ねられていて行場だとわかる。
2つ目の行場、役小角が大蛇を封じたという深蛇池。
何年か前の大きな台風のとき、海からおびただしいプラスチックゴミが押し寄せて
荒れ果てたらしいが、やっと自然を取り戻しつつあるとのことだった。
石臼のようなものは、護摩を焚くためのものだった。
ここで、法螺貝の話が出る。大蛇を封じた場所では、法螺貝は吹いてはいけないらしい。
新しい碑伝を置いて、お勤めが始まる。間近でその様子を拝見する。
(碑伝についても説明して下さるが、長くなるので省略します。)
両手の所作がなんとも優雅で美しい。開いては閉じて開いては閉じて、
数珠をジャラジャラして、錫杖をを鳴らして、読経が始まる。
優美な響きに聞き入ってしまう。般若心経を読まれていると思うのだが、
般若心経の前に前置きみたいに読んでいるのはなんだろう。
最後は、「南無神変大菩薩」を何回か繰り返して終わる。
ここだけはわかって、一緒に唱える。
遊歩道に戻り、沖ノ島の東端、虎島との境界に向かう。
東端には、閼伽井跡という行場がある。
閼伽とは水のことで、清めの水がかつてここで湧いていたとのこと。
ここでもお勤めする。
いよいよ、虎島に渡る。
ここから先が、山伏さんと一緒でないと、立ち入りできないところだ。
少しは濡れますよと言われていたが、今日はとてもラッキーのようだ。
拍子抜けするくらいひとつも濡れずに容易く渡ることができた。
虎島に渡ったところで、ほんのわずかな木陰に皆で肩寄せるように腰掛けて、
20分ほどのランチタイム。
ここまで歩いた距離はほんの僅かであるが、尋常でない暑さ。もう汗だくである。
さて、ここからどんなふうに虎島を歩くのか。
私はただ、干潮時に現れる岩場を伝って虎島に渡り、第一経塚にお参りする程度の
予備知識しかなかったので、ちょっと驚いた。
目の前にあるのは海岸線の岩場ばかりだ。え〜っ、これを進んで行くのか。
山伏さんは、スタスタ、スタスタ、軽い身のこなしで進んでいく。
汗だくになりながら、必死についていく。
ひとしきり進んだら、着きましたとおっしゃる。
小さな小さな、やっと人ひとりかがんで通れるくらいの洞窟のようなところに入っていく。
ずっとかがんだままでないと頭をぶつける。何歩か進んだら立派な石碑が現れた。
ここに法華経第一の経典、序品が埋納されているのだった。
この洞窟は反対側に抜けられるようになっており、みんな一列になって洞窟の中に入り、
身をかがめるような態勢で山伏さんの説明に耳を傾ける。
「ここは胎内くぐりで、抜けたら生まれ変わります。」
お勤めして、反対側に抜ける。自分本位、煩悩だらけ、不行届き極まりない私など、
一回くぐっただけではたぶん生まれ変われない。
けれど、こんなにありがたい体験、もうできないかもしれない。
ひたすら感謝する。
このあと道のりは、ますます厳しくなる。
なんかすごく難儀になってきましたと、山伏さんに言うと、
この先にもまだ何か所か難儀なところにありますとおっしゃる。
きっとこの虎島のぐるりの岩場も大潮の干潮時でないと歩けないのだろう。
山伏さんが虎ケ原が見えてきましたとおっしゃる。
「下の方に穴みたいなところ、あるでしょう、あそこに行きます。」
トラバースしていたかと思うと、すごい傾斜のところを直上し始めた。
この穴は観念窟というのだった。
嵐の時は、この中を海水が渦巻くのだろうか。
何千年も渦巻いてこの場所はできたのだろうか。
観念というのは、諦めということではなくて瞑想するということらしい。
「ここから海を眺めてみて下さい。すばらしい眺めでしょう。
役行者は瞑想のためのすばらしい場所を良く知っていたのですね。」
あらためて海を眺める。すばらしいというか、すごいところだ。
こんなところ、いったいどうやって見つけたのだろう。
いつ潮が引いて、いつまでならここに居られるというのも、
どうやって知ったのだろう。
このあたりは、潮が合流する場所でもあり、魚がたくさん獲れるらしくて、
今日は漁船が何隻も波に乗って行き来していた。
いよいよ最後の核心。虎ケ原をみんな登ると言う。
ここを登る山伏さんたちの写真を見たことはあったが、
なんと、私たちもここを登るとは。
ここは、山伏さんたちだけが登る行場かと思っていた。
でもここを登らないとたぶん帰れないのだ。
いったい何メートルくらいあるのだろう。30メートルくらいか。
斜度はそんなにきつそうではないし、フリクションも良く、
ロープも張ってもらっているので、恐怖感はあまりない。
でも、この炎天下、疲労感がハンパない。
上に行くほど足が上がらない。最後は張ってもらったロープにすがって登る。
帰りの遊歩道は、少し登りになる。熱中症になりそうになりながらも、
全員無事に船着き場に辿り着く。
今までこんなに暑い日に行ったことはなかったそうだ。
後で、他の参加者の方に聞いたことだが、ここに来たくても、
お天気に恵まれず船が欠航して、何年もかかる人もいるとのことだ。
思い立ってすぐに願いがかなった自分は、なんて幸運なのだろうと心から感謝する。
自分でもなんだか不思議なことだと思うのだが、奥駈道も今回の虎島も歩けば歩くほど、
手を合わせて感謝したくなるのだった。
行場に着くたび、自分もお経の上げ方を知っていたらなと、もどかしく思うようになった。
神様に何かお願いするとか、何かを祈るとかとは、なんか違うと思う。
唯々、あめつち、ほしそら、やまかわ、みねたに、に、感謝したくなる。
案内してくださった聖護院の山伏の皆さまに心より感謝申しあげます。
記:アオバ*ト