【 日 付 】2023年9月25,26日
【 山 域 】 南アルプス
【メンバー】tsubo
【 天 候 】 1日目晴れ、2日目晴れのち曇り
【 ルート 】 鳥倉登山口ー三伏峠ー烏帽子岳ー前小河内岳ー小河内岳ー小河内岳避難小屋
小河内岳避難小屋ー前小河内岳ー烏帽子岳ー三伏峠ー鳥倉登山口
正面に漆黒の鉄兜の塩見岳、その左にちょっと見えるのは、間ノ岳に続く三峰岳、さらに南アルプスの貴公子甲斐駒、女王の仙丈ヶ岳。
目を転じると、悪沢岳からの荒川三山、赤石岳、聖岳。
どの山も思い出深い。
南アルプスを北の甲斐駒、鳳凰三山から南の光岳まで繋げたいと歩いた日々。
北岳から農鳥岳までの白峰三山は20代の時に歩いたが、その後は50歳を過ぎてからだった。
1泊から4泊の縦走を重ねて何とか繋げた。
還暦の年に茶臼岳から光岳を往復してから聖平まで歩き、南アルプスが繋がった。
その話を光岳のご主人に話したら、「これで南アルプスは卒業ですね。」と言われてびっくりした。そんなことは考えていなかった。
だが、2年後に椹島から赤石岳まで標高差2000mを1日で登って、自分としてはこれで南アルプスは卒業できたかなと思った。
その後脊柱管狭窄症で1年のブランクがあり、もうとても南アルプスには行けないだろうなと思った。
稲刈り脱穀がすんで一息。まだまだ畑仕事はいくらでもあるが、やっぱり山に行きたい。
9月下旬、25,26日の二日間なら何とか山に行けそう。標高の高い山はもう色づき始めているだろうか。
どこにいこうか散々迷って、ふと目に留まったのが、南アルプスの小河内岳。
山頂直下に避難小屋がある。抜群の展望を誇る小屋だ。
7,8月は管理人がいて有料で、コロナ後は素泊まりでも1万円するそうだが、今なら冬季開放されていて無料で泊れる。
三伏峠から北の塩見岳に登る人は多いが、南に向かう人は少ない。
鳥倉の駐車場から避難小屋まで6時間くらいのコースタイム。
避難小屋に1泊して小河内岳を往復することにした。
5年ぶりの南アルプス、以前のようなテントを担いでの縦走ではないが、今の自分には十分な山行になるだろう。
2012年に鳥倉から烏帽子岳に登り、翌日塩見岳から蝙蝠岳を往復しての帰り道、林道を自転車で追い越して行った人がいた。何とニッカズボンをはいて、キスリングを背負っていた。今時キスリングなんてお目にかかることはない。びっくりした。
駐車場にその人がいたので話しかけた。
登山歴50年以上という70代の男性だった。
高山裏避難小屋に2泊して、赤石岳を往復したという。地図のコースタイムで13時間となっているところを9時間で往復したと言っていた。
すごい人だなあと思ったが、その時はっとした。
南アルプスを繋げるのに、塩見岳と荒川三山をどうしたら繋げられるかわからないでいたからだ。そうか、鳥倉から入って荒川三山を往復すればいいのだ。赤石岳往復より時間がかからず楽そうだ。
翌2013年に実行した。小河内岳避難小屋、中岳避難小屋、高山裏避難小屋の3泊という優雅なものだった。それでも、新しく買ったテントを背負って行った。
高山裏避難小屋にはキャンプ場があるので、そこだけはテントの予定だ。
小河内岳避難小屋には昼過ぎに着いた。小屋の管理人の河村さんご夫婦とお話した。お二人は東京の方だった。私も東京出身なので、東京の話で盛り上がった。
すると無線が鳴った。南アルプスの小屋では無線でいろいろ連絡しあう。例えば、今日泊った登山者5人が次はどこそこの小屋に泊まる予定だといったことを伝える。
その時の無線は高山裏避難小屋のおじさんからだった。風邪を引いたみたいで咳が出て困る。今まで風邪なんて引いたことがないから薬がない。ということだった。
「今日、うちに泊まるお客さんが明日はそちらに向かって行くそうですから風邪薬を言づけますね。」奥さんが言った。
翌朝私は奥さんから言付かった風邪薬とのど飴をザックに入れて出発した。素晴らしいお天気だった。
ゆっくりと景色を眺めながら歩いた。
高山裏避難小屋に着くと、おじさんが待っていた。私が着いたのが予想より遅かったようでちょっとイライラしていた。
薬の入った袋を開けると、中に奥さんからの手紙も入っていた。それを見て、おじさんが「上手な字だろう。」と言った。
おじさんが入れてくれた熱い昆布茶を飲むのに必死だった私はすぐには返事をしなかった。
すると、「おい、人が上手だねと言ったら、何か言うものだろう。」と怒り出した。
私はあわてて「きれいな字ですね。」と答えた。
「1回に3錠も飲むのか。それも1日3回飲むのか。」
おじさんはぶつぶつ言っている。
「できるだけ食後に飲むといいですよ。」と私は言った。
するとおじさんはゆっくりして行けと言って、水元を見に行った。
荒川三山を往復して高山裏避難小屋に戻った。
「風邪は良くなりましたか?」
「そんなすぐには良くならない。」と不機嫌そうだ。
「風邪はゆっくり休むのが一番ですよ。」
「やることがたくさんあって休んでなんかいられない。」
テントだと言うと、そこに張るといいと言って小屋の近くの場所を勧めてくれた。
小屋の前で他の登山者と談笑していると、蚊取り線香を置いてくれた。
水が足りなかったらそこに汲んであるから使えと言ってくれた。
怒りん坊で有名な方らしいが、ちょっとかわいいおじさんだった。
そんなことを思い出しながら、小河内避難小屋に向かう。
後から来た男性に道を譲るが、ほとんど同じペースで私が先を歩くことになった。
休憩しながら話をする。
「去年西宮から高遠に越したんです。もう68で仕事も辞めたんでね。年金暮らしですよ。
妻はまだ仕事をしているし、寒いのは嫌だって言うから西宮にいます。高遠から北沢峠に行くバス停の仙流荘まで車なら15分で行けるんです。南アも北のほうは何度も行きましたよ。今回は聖岳を往復する計画です。今日は三伏峠でテントです。」
えっ?思わず目が点になる。聖岳の往復??
ザックはテントや5日分の食料、4リットルの水などで20キロくらいになったらしい。
「私は小河内岳避難小屋に泊まるんです。今なら無料開放していますから。」
そのMさんはそのことを知らなかった。
「僕も小河内岳避難小屋に泊まろうかな。予定では2泊目は荒川小屋でテントだったけど、小河内岳避難小屋に泊まればもっと先まで行ける。百間洞まで行けるかな。」
百間洞・・・って?何時間かかるのだろう・・・
烏帽子岳からは塩見岳から蝙蝠岳に続く稜線が美しい。初めてここに来た時に、蝙蝠岳に登りたくなった。それで、三伏峠に2泊する予定を変えて、三伏峠にテントを置いたまま暗いうちに出発して、塩見小屋に泊まることにして塩見岳と蝙蝠岳を往復したのだ。
烏帽子岳と前小河内岳の間は稜線の片側が崩壊していて慎重に歩く。
前小河内岳で休んでいると、小河内岳避難小屋の今の管理人さんが来た。小屋の最終チェックをして、今日は三伏峠に泊まり、その後熊ノ平小屋から白峰南嶺を歩いて二軒小屋まで行く予定だそうだ。
「僕も63ですからね、いつまで長く歩けるかわからない。」
「私は67で今回は1泊で小河内岳往復です。でも、この方は68で聖岳往復されるんですよ。」
「今日は小河内岳避難小屋に泊まって、明日は百間洞でテントにしようと思うんです。」
「百間洞までは、赤石岳を超えてさらにあの大沢岳の手前まで行くんですよ。赤石岳避難小屋に泊まったほうがいいんじゃないですかね。」
私も「そうですね。避難小屋は今は無料開放されているし。」と言った。
その話を聞いて、Mさんも翌日は赤石岳避難小屋に泊まると言った。
さらに管理人さんに以前の管理人さんの話を聞いた。小河内岳避難小屋の河村さんご夫婦も高山裏避難小屋のおじさん島田さんももう引退した。
「中岳避難小屋の方は私と同じくらいの年で奈良の方でしたね。泊った時、いろいろお話しました。」
「ああ、山中さんね、よくしゃべる人だった。でも、亡くなったんだよ。」
「えっ!?」
「3年前かな、何度電話しても繋がらなくて・・・調べたら亡くなっていたそうだ。」
その方のおかげで、私が10年前にお世話になった避難小屋の当時の管理人さんの消息がわかった。
小河内岳に着く。小屋はすぐ下だ。見ると、Mさんは先に小屋に入って行った。
しばらく誰もいない山頂でのんびりした。
なんとも素晴らしい展望だ。
正面に塩見岳、その左に甲斐駒、仙丈ヶ岳。小屋の後ろには荒川三山、赤石岳、聖岳。
中央アルプスに北アルプスもよく見える。
今日の小屋はMさんと二人だけだった。
「お邪魔してすみませんね。」と恐縮しているが、私も一人より話し相手ができて楽しかった。
夕食後に外に出ると夕焼け空が綺麗だった。
日の入りは17時50分頃だ。山頂で夕日を眺めてから小屋に戻る。
明日が早いMさんは18時過ぎにはシュラフに入った。
私はちびちびとウィスキーを飲んでからシュラフに入った。
ガサガサ音がする。
3時半だが、もうMさんが起きて朝食の支度をしていた。
「今日は赤石岳避難小屋に泊まります。その先も小屋に泊まろうと思うので、テントとごみはデポしておきます。」
南アルプスの山小屋の一部はまだ管理人がいて有料だが、多くは無料開放されている。敢えて重いテントを背負って行くこともないだろう。百間洞の小屋も冬季開放されている。
Mさんは、私に聞いたことで無料で避難小屋に泊まれることがわかったと何度もお礼を言って暗いうちに出発して行った。
今日の日の出は5時半頃だ。
私は5時に小屋を出た。
真っ赤な空をバックにした富士山が綺麗だ。
山頂でその時を待つ。
そしてご来光。
手を合わせる。
大きなパワーをいただく。
今日は同じ道を戻る。時間はたっぷりある。
支度を整え、床を掃く。
協力金の箱に1晩のお礼にと千円札を入れる。
前小河内岳で休んでいると、サングラスをした半ズボンの男性が三伏峠のほうから登ってきた。
サングラスを外すと欧米系の方だった。
「どちらからですか?」
日本語はあまり通じないようだった。
「フェアユーフロム・・・ユアカントリー・・・」つたない英語で話しかけるとオーストラリアから来たことがわかった。
その方はスマホを出して翻訳アプリというのかな、を始めた。スマホに英語で話すと、画面に訳した日本語が出てくるのだ。そういうのがあるとは知っていたが使っているのは初めて見た。
その方はションさんというお名前だった。ションさんの奥様は日本人で横浜出身。今回は3週間横浜に滞在だそうだ。それで南アルプスに来たとのこと。
広河原から入り、北岳に登り、ここまで縦走してきたそうだ。今日は荒川小屋に泊まり、明日椹島に下山するとのこと。
何泊か聞かなかったが、私のいつもの日帰りのザックより小さなザックだった。
食事つきの小屋泊りだとあんな小さなザックで何泊も縦走できるのか。
昨日は小河内岳避難小屋の管理人さん、今日はションさん。前小河内岳は出会いの山だ。
空にはだんだん雲が広がってきた。ヤマテンの予報では雨になるかもしれないとのこと。
間ノ岳の山頂が雲に隠れた。
Mさんは平気かな。聖岳まで・・・行けるかな?スマホを車に置き忘れたと言っていた。天気予報もわからないな。ちょっと心配になる。
三伏峠で若い二人連れの女性とちょっとお話して、お互い写真を撮りあった。
さてと、後は登山口まで下って駐車場まで歩くだけ。
いろいろな出会いがあって楽しい山旅だった。
小河内岳から見えた南アルプスの山々。見えなかった山々。
南アルプスの山にはたくさんの思い出がある。
どの山行も印象的だった。
もう一度登れるとは思ってもみなかった。
小河内岳、マイナーだけどいい山だ。
小屋も素晴らしいロケーションに建っている。山頂まで5分くらいなのが魅力だ。
夕日も朝日も見ることができる。
駐車場から休憩を入れても7時間ほどで登れる。
ここならまた来られるな。
昨日会った管理人さんも「この小屋の夏は泊まる人は少ないんですよ。でも、無料開放になった途端泊りに来る。」と笑っていた。
素泊まりで1万円はねえ・・・
私もまた無料開放になったら泊りに来ようかな。
ちいさな草紅葉が始まり、ダケカンバの葉も色づき始めている。
南アルプスに秋が訪れていた。