【 日 付 】2023年7月30日~8月1日
【 山 域 】白山
【メンバー】sato ,tsubo
【 天 候 】30日晴れのち曇り 31日晴れのち曇り 1日曇りのち時々晴れ
【 ルート 】30日 大白川-室堂ーお池巡りー室堂泊
31日 室堂ー御前峰ーお花松原ー北弥陀ヶ原ーゴマ平避難小屋泊
1日 ゴマ平避難小屋ー妙法山ー野谷荘司山ー馬狩
白山が大好きだ。
眺めても美しいし、登っても美しい。
初めて登ったのは、2005年の8月。平瀬道からだった。その後別当出合からも登った。チブリ尾根や上小池から別山にも登った。白山と別山の間も歩いた。
白山の地図を眺める。一般的な砂防新道や平瀬道の他にいくつもの昔からの長い道がある。
北には加賀禅定道、楽々新道、通行止めになっている岩間道、中宮道、北縦走路。
南には美濃禅定道(石徹白道)。
南西には白山(越前)禅定道。
昔の人はどんな気持ちで白山に登ったのだろうか。
2016年の10月、satoさんと加賀禅定道から奥長倉避難小屋に行き、四塚山を往復した。百四丈滝を眺めたり、天池や油池などがあり、変化にとんだ楽しく美しい道だった。四塚山のチングルマの草紅葉も可愛くきれいだった。
satoさんとはその2か月前に北アルプスを蓮華温泉から朝日岳~白馬岳と縦走した時に出会った。
私が朝日岳に着いたとき、山頂には10人ほどの登山者がいた。ベンチが空いていなかったので地べたに座った私を見て、さっとベンチを詰めて私の席を作ってくれたのがsatoさんだった。satoさんは御主人と来ていた。それから朝日小屋のキャンプ場、白馬岳のキャンプ場でいろいろお話した。
9月には小津権現山に一緒に登っていた。
その時、白山につながる昔からの主な道を全部歩いてみたいと思った。
翌年の2017年4月末にはsatoさんとその友人と3人で石徹白から入って神鳩ノ宮避難小屋に泊まり、残雪の一ノ峰まで往復した。三ノ峰まで行きたかったが、雪に慣れていない私には一ノ峰までで精いっぱいだった。
その年の8月には一人で楽々新道を登って小桜平避難小屋に泊まり、大汝峰からゴマ平避難小屋泊りで中宮道を下った。この道が一番きつかった。
2019年7月に市ノ瀬から白山禅定道を登った。
satoさんとは、秋の紅葉の時期に北縦走路を歩きましょうと話していた。車の回収がしやすく無理のない平瀬道から登って、北縦走路を下る計画だった。だが、平瀬道の登山口までの白山公園線はよく通行止めになった。
2020年の8月に白山に登った後、脊柱管狭窄症で1年間山に行けなかった。もう北縦走路は無理だろう、美濃禅定道も一ノ峰から三ノ峰まではつながらないかもしれない。
だが、1年間のブランクの後登山を再開して体力も戻って来てからは、また北縦走路を歩きたいという気持ちが強くなった。
去年7月には三ノ峰から一ノ峰をつなげ、何とか美濃禅定道がつながった。
残るのは北縦走路。何としても歩きたい。
だが、昨年秋も白山公園線は通行止めになった。登山口と下山口が遠くなるが、別当出合から登ることを計画した。だが、お天気に恵まれず歩けなかった。
「秋にはあの道はよく通行止めになるから、夏に行かない?」
4月に一緒に山に登った時にsatoさんが提案してくれた。今まで紅葉の時期にこだわりすぎていた。そうだ、花の時期に行こう。
satoさんが仕事との兼ね合いで7月30日から8月1日の2泊3日が都合がいいとメッセージをくれた。
その日程を見て私はびっくりした。運命的なものを感じた。この日程なら間違いなくお天気は良くなる。きっと晴れ過ぎることもなく、かといって雨も降らずにバテずに歩ける。確信が持てた。
7月29日
夕方、道の駅飛騨白山でsatoさんと待ち合わせ。夕食を食べながら話す。
「この日程なら絶対平気だと思ったの。8月1日は私にとって特別な日。亡くなった主人の命日なの。今まで3回命日に山に登ったけど、いつもお天気が良かったわ。
23回忌の年の命日に主人が大好きだった平ヶ岳に息子と登ったの。その年のお正月に息子が帰省した時に決めたのよ。最初は曇りがちだったけど、かえって暑くなくて登りやすかったわ。山頂に近づくに連れてお天気が良くなって周りの山も見えてきた。最初から晴れていたらきっとばてていたと思うわ。
だから、今回もきっとそこそこ晴れる感じでばてずに歩けると思うの。」
7月30日
satoさんの車を下山口の馬狩に置き、平瀬道の登山口の大白川に行く。日曜のこの日の駐車場はいっぱいだったが、1台分空いていた。
朝食を食べてから歩き始める。
satoさんはいつも私を先に歩かせてくれる。私は一人の時のようにマイペースで歩く。satoさんは私が速かろうが遅かろうが私のペースに合わせてくれる。
下りが苦手な私は急な下りや段差が大きい下りは途端に遅くなる。でも、satoさんは気にしない。だから私も遠慮なくゆっくりと下らせてもらう。
いろいろな花が咲いている。私たちも山の話に花が咲く。
初めはちょっと急な階段状の登り。ちょっと緩やかになる。そしてまた少し急になる。
今日はお天気が良く暑い。
6月末に熱中症だろうか、頭痛と発熱が4日ほど続いた私は、熱中症にいいと聞いてうちでとれた小玉スイカの皮をむいて種を取り、一口サイズに切ってタッパーに入れてきた。
それを見てsatoさんはそんなものまで持ってきたのかとびっくりしていた。
「水を入れても12.5キロだから平気よ。キュウリも5本持ってきたのよ。」
7月初めに13キロのザックを背負って大峰でテント泊してきた私は、そのくらいの重さなら大丈夫だと思った。熱中症にはなりたくなかった。
空気がひんやりとしてきた。室堂が近い。雲が広がってきた。別山には雲がかかって上のほうは見えなかった。
11時40分に室堂に着く。
あんなに室堂に着いたらビールが飲みたいと思ったのに、そんな気はすっかり失せてしまった。
ガスがかかった御前峰を眺めながら昼食にする。早く小屋に入って横になりたいと思ったが、受付は13時からになっていた。
小屋に入って一休みする。外を見るがなかなか晴れてこない。少し雲が取れてきた。
「お池巡りに行きましょう。」satoさんが誘う。
このまま休んで体力を温存しておきたいが・・・
「御前峰には登らないで、この巻き道からお池巡りに行きましょう。」と、一番楽そうなコースにする。
分岐に来ると、satoさんはやはり御前峰に登りたいようだ。別れて、私は中道を通って室堂に戻る。別山が見えた。これで十分。ウィスキーをちびちびと飲む。昨日の朝ポットに入れてきた氷がまだ少し残っていた。
見ると、御前峰の上が晴れてきた。satoさん、良かったな。
外で夕飯にする。今日はお湯を沸かせばいい簡単な夕飯だ。
翌朝は御前峰でご来光を見たら、また室堂に戻ってパッキングして出発しようと言っていたsatoさんだが、やっぱりパッキングして荷物を背負って御前峰に登り、そのままゴマ平避難小屋に向かうことに決める。
夕方、小屋の横から美しい夕焼けの空を眺めることができた。多くの人がいなくなった後も二人で飽かずに夕焼け空を眺めていた。
7月31日
3時20分にスマホのアラームが鳴る。慌てて止める。マナーモードにしたつもりだったのだが・・・
身支度を整えてパッキングをして外に出る。すでにヘッドランプの明かりが登山道に列を作っていた。
前の人に合わせてゆっくりゆっくりと登る。途中で止まったりもする。時計を見る。慌てることはない。十分時間はある。
4時35分に御前峰に着く。すでに多くの人がそれぞれ気に入った場所に陣取っている。私たちも適当な石の上に腰かけてその時を待つ。
若い宮司さんが大きな石の上に立って、白山の話をしてくださる。大きな声で分かりやすい。
やがてその時が来た。
北アルプスの上に少しだけ見えた朝日がどんどん大きく丸くなってくる。
宮司さんに合わせて皆で万歳三唱する。初めての経験だ。
「今日で10日続けてご来光を拝むことができました。」
360度、素晴らしい展望が広がる。
「向こうがこれから歩く尾根ね。」
山名の柱と一緒に写真を撮るために多くの人が行列を作って並んでいる。
私たちはお湯を沸かして朝食にする。
やがてほとんどの人が下りていなくなる。静かな山頂で二人の写真を撮ってもらってから下り始める。
翠ヶ池の向こうには北アルプスがまだ見える。
大汝峰の分岐に出る。satoさんは、せっかくだから大汝峰に登ると言う。体力を温存しておきたい私は先に下ることにする。
「お花松原で待っていてね。」
歩き出して大汝峰を見上げると、satoさんが登っていく姿が見えた。
「やっほ~~~!」と声を上げると、satoさんが気づいて手を振る。私も手を振る。
やがて急な下りになる。草で道が覆われている。ゆっくりゆっくり慎重に下る。
ヒルバオ雪渓に着く。今年の雪渓はずいぶん小さい。
雪が解けた後にはハクサンコザクラやアオノツガザクラが待ってましたと言わんばかりに咲き誇っている。
下ってきた道を見ると、もうsatoさんが下ってくる姿が見えた。やっぱりsatoさん一人だと速い。
その後もハクサンコザクラ、アオノツガザクラ、クロユリが一面に咲いている中を歩く。
「お花松原」の看板が出てきたが、それはお花畑が終わったところにあった。
「さっきのところがお花松原だったんだ。あそこでもっとゆっくりすればよかったわね。」
北弥陀ヶ原のニッコウキスゲは数が少なかった。前に来たときは一面のニッコウキスゲだったのに。
もう枯れた花も多い。実がついたものもある。今年は咲くのが早かったんだろう。
地獄覗から見える地獄尾根は荒々しい。遠くから見るたおやかな白山とは別の山のようだ。
白山の別の一面を見たような気になる。
うぐいす平に着くと、そこからは草刈りがしてあった。
「白山北部は中宮温泉くろゆり荘の乾さんが管理してくれているの。あっ、今は泰山さんだけど。福井の勝山のお寺の住職もされているのよ。それで今は泰山さんって言うの。草刈りも毎年してくれていてありがたいわ。以前楽々新道から中宮道に行く時はメールでいろいろ教えてもらったの。
その時、大汝峰の下にいたグループの人と話したら詳しい人がいてね。ずいぶん詳しいんですねって言ったら笑っていたんだけど・・・下山してくろゆり荘に行ったら、なんとその人が乾さんだったんでびっくりしたわ。その時はテレビのガイドのお仕事で女優の工藤夕貴さんが一緒だったの。いろいろお話して楽しかったわ。」
まだかなまだかなと思いながら下っていく。敢えて時計は見ない。そろそろと思っていて小屋が出てくるよりも、突然小屋が現れたほうが楽しい。そんなことを思いながら歩いていると、本当に突然小屋が現れて思わず声を上げた。
ゴマ平避難小屋は二階建てのログハウスのきれいな小屋だ。
小屋に荷物を置いて水を汲みに行く。水場までも草刈りがしてあったが、ちょっと歩きにくかった。
「歩きにくいから明日は明るくなってから出ましょうね。」
今日はちゃんとお米を炊く。自家製のお米を研いで乾かしてきた。野菜も天日干しして小さく軽くしてきた。それとサバの味噌煮を一緒に煮る。残っていた2本のキュウリとシーチキンをマヨネーズで和える。賞味期限ギリギリのきのこのスープにお湯を注ぐ。
私たちにとっては豪華な夕飯だ。
その日小屋に泊まったのは私たちだけだった。伸び伸びと横になる。
8月1日
さあ、今回のメインの日。
4時50分に小屋を出る。空には雲が広がっている。
一昨日室堂で見た天気予報だと、今日は晴れのち曇りや霧や雨になっていた。お天気、平気かな。雨は降ってほしくない。
草刈りは水場までかと思ったが、ずっとしてあった。だが、シンノ谷までの急な下りに刈った笹の葉があって、ちょっと滑りやすかった。秋には落ち着くだろう。
「あっ!」思わず声を上げる。
雲の下に北アルプスが見える。薬師岳と槍ヶ岳の間の上の雲の間から日が射している。
「神々しいわね。昔の人が山に神様が宿っているって考えた気持ちがわかるわ。」satoさんがつぶやく。
昨日はくっきりと北アルプスが見えて、その上からご来光を拝むことができた。今日は雲が多い。だが、雲間から射す光は神秘的だった。
シンノ谷の鉄の橋を渡る。
尾根道になる。この尾根は念仏尾根と呼ばれている。昔のお坊さんが念仏を唱えながら歩いたのだろうか。
帰宅してから知ったのだが、妙法山は、大日如来に関してつけられた山名で、1932年大聖寺営林署調査隊が、頂上で木箱に収まった古銅の小箱を見つけたそうだ。1935年には、山頂から100m下った蛇谷側の祠で、錫杖、刀、教典などが発見されているそうだ。
妙法山の手前の左側の笹が広く刈ってあった。そちらに行くと、池があった。
「あっ、これが念仏鏡池だわ。乾さんがいつも草刈りしてこの辺りでビバークしていたそうだけど、全然気づかなかったんですって。それを一緒に行った友人が見つけて。乾さんがいろいろ調べたけどどこにも記録がなかった。念仏尾根にある池なので「念仏鏡池」って名付けたそうよ。」
朝は空一面に広がっていた雲が薄くなってきた。青空が多くなる。
そこから急な登りの先に妙法山山頂があった。白山がよく見える。
「白山が見守ってくれているわね。」
そうだね。ありがたいね。
だが、雲がかかり始めてきた。
少しだけ散骨して般若心経を唱える。
アップダウンの繰り返しが続く。
お日様に雲がかかって暑くなくていいかなと思うと、かっと強い日差しが射す。そうかと思うと木々に日の光がさえぎられる。時折心地よい風が吹く。
予想した通りの命日のお天気だ。
そろそろ休憩したいなと思った時、先のほうに平たい場所が見えた。もうせん平だ。「あそこで休みましょう。」
もうせん平は小さな湿原だった。
名前の通り、赤い小さなモウセンゴケが生えていた。
1株だけ枯れかけたニッコウキスゲが咲いていてくれた。
野谷荘司山で初めて人に会った。ホワイトロードから三方岩岳経由で登ってきた二人連れの若い女性だった。少しお話してから二人の写真を撮ってもらう。
「けっこうがれていて危険だから気を付けてくださいね。」と注意してくれた。
下り始めるとすぐにがれている場所があった。慎重に通り過ぎてから鶴平新道を下る。
その先もがれている狭い尾根が続く。足元はざれていて滑りやすい。
急な歩きにくい小石が広がるところが3mくらい続いている。慎重に木の枝につかまりながら下りかけると、satoさんが「こっちに道があるわ。」と言った。
ああ、一人だったら3mも下ってから登り返さなければならなかった。
その先はsatoさんが先を歩いてくれる。数歩下っては私を待ってくれる。「ゆっくりでいいわよ。」
私も下手に急いで滑落したら大変なので、ゆっくりゆっくり下る。
去年の夏に30代の女性と79歳の男性が2泊3日で石徹白から北縦走路を縦走したが、野谷荘司山から別々に下ったそうだ。女性が下山しても男性は下山してこなかった。11月に野谷荘司山から岐阜県側に南東1キロくらいのところで遺体が発見されたというニュースが気になっていた。滑落したら一人では這い上がれなさそうなところがいくつもあった。
難所を過ぎてほっとする。
下に見える集落は白川郷だ。合掌造りの家が小さく見える。トヨタ白川郷自然教室の建物も見える。
やがて気持ちのいいブナの森が広がる中を下るようになる。
後少しだ。
車道に出る。廃村の大窪だ。
向こうの道をバスが通っていく。
赤い車が止まっている。
着いた。
「ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
しっかりと握手する。
大白川の登山口に戻る。ガラガラの駐車場に白い車が待っている。
露天風呂だけの温泉に入る。
「またどこか行きましょうね。」
それぞれの車に乗りこむ。
何度も夢に見た白山北縦走路。
やっと実現した。
この日のために、日帰りのロングコースを何度も歩いた。二日続けてロングコースを歩くこともした。
重いザックを背負って歩いた。
そんな努力が実ったんだと思う。
でも、satoさんと一緒でなければ歩くことができなかった夢の道。
感謝の気持ちでいっぱいになる。
うれしいような寂しいような気持ちが襲ってくる。
それにしても願った通りのお天気。
8月1日は私にとって特異日。
ありがとうございました。
合掌