【日 付】 2023年6月24日(土)
【山 域】 京都北山 久多川周辺
【天 候】 晴れ時々曇り
【メンバー】 山日和さん sato
【コース】 三軒屋~岩屋谷~久良谷~経ヶ岳~イチゴ谷山~P909~
西尾根~P
川合町に入ると、まっすぐに伸びる青い稲がそよぐ田んぼが目に飛び込み、その清々しさに思わず見入ってしまう。
前回この道を走った日からひと月あまり、季節は着々と進んでいる。
近江、丹波、山城の三国境の三国岳を最源流とする久多川に沿って、上流から、上の町、中の町、下の町、川合町の4つの集落と、
西の支流大谷川沿いの宮の町の、5つの集落から成る久多。四方を山で囲まれた京都市最北端に位置する山村だ。
久多川は、朽木針畑を源流域とする針畑川と合わさり、びわ湖に注ぐ安曇川へと流れゆく。
むかしむかしから山城の国久多は、木材の供給地で、切り出された木は、昭和10年代頃まで、
いかだでびわ湖へと運ばれていった歴史があり、江戸時代は朽木藩の所領だったこともあり、近江の国との結びつきが強く、
風俗、習慣など、近江の影響が大きいという。
いかだ流しの仕事は危険と隣り合わせ。安曇川流域には、産土神でありいかだ流しの安全をお守りしてくれる
「しこぶちさま」を祀る神社が点在し、久多にも思古渕神社が建つ。
そして、久多は、若狭と都を繋ぐ若狭越の道のひとつ、針畑越の道が通った地。
小浜から、根来坂峠、丹波越、オグロ坂峠、フジ谷峠、杉峠、花脊峠、といくつもの峠を越え都へと向かう道は、
若狭越の道の中で最も古く、最短距離の道であったという。
20年ちょっと前、京都に来て出会った久多の山と山村の歴史。訪れる度に関心が高まる、興趣尽きない山域だ。
安曇川のたもとで暮らすようになってからは、目の前を流れる川の源流の山と村という想いも重なる。
下の町の駐在所を過ぎ、橋を渡り、大谷川に沿った広河原への山越えの道、能見峠道を見送り、北へと向きを変えた久多川を遡る。
今日は、先月20日に訪れた上の町に流れ落ちるフカンド山を源とする上の谷より、さらに上流の東側の谷に分け入ろうとやって来た。
イチゴ谷という不思議な響きの谷の出合にある、三軒屋という字の今は廃屋が残るだけとなった広場に車を置かせていただき歩き始める。
うつくしい滝がかかる、これもまた不思議な響きのミゴ谷をちらりと覗いて歩みを進めていくと、大きな二俣に着いた。
左俣が滝谷。右俣が三年前の同じ時期に遡行した岩屋谷だ。岩屋谷の林道を進み、
大きな木を輪切りにして作った看板がかけられたトチの木の下に立つ。看板には京都府立大学演習林の地図が刻まれている。
ここで岩屋谷と別れ、東の目指す谷、以前から気になっていた久良谷に一歩を踏み入れた。
経ヶ岳一帯を源とする久良谷は、入ってしばらくは両岸が立っていて、細くて少し薄暗い感じだけど、
50mほど遡るとゆるりと谷幅が広がり明るい感じに。標高570mと600m二俣周辺は気持ちよさそう。
570m左俣の源流の地形にも惹かれるけれど、本流右俣の地形はさらに面白い。
ゆるゆると標高を上げていき、標高620mから80mほどは急こう配、そのあとは、また穏やかになり、
さぁっと手の指を広げたようにいくつにも分れて広がっていく。標高差400mに満たないちいさな谷だけど、
変化に富む地形。地図を見て、どんな風景が展開していくのだろうと想像しワクワクしていたのだった。
爽やかな緑の匂いが鼻をくすぐった。植林と思っていたけれど、深い緑の森。
苔むした岩の間を流れ落ちる水飛沫がやわらかに足元を撫でていく。
岸辺には岩に負けないくらい苔を纏ったトチの木がぽつぽつと並んでいる。
見上げた両岸の急斜面にも、風格のあるトチの木が佇む。そして、あっと、思ったところには炭焼き窯跡が。
ところどころで、蜂の巣箱の残骸のようなものも見かけた。お茶碗やビンの欠片も落ちている。
山と人間の物語の詰まったしみじみとした風景が続いていく。
600mの二俣は想像していた通り、トチの木と炭焼き窯跡のある穏やかな輝きに満ちた場所だった。
苔の緑が目に染み入る。ここから、ゴロゴロした岩が目立つようになり、地形図通り620mあたりで滝が現れた。
両岸はヤマグルマがへばりつく岩壁となり、今までの穏やかな空気が一変する。
登れるかな、巻くなら右岸かな。でも谷に復帰できるかな。考えている間に、山日和さんは滝を登ってしまわれた。
ロープを垂らしていただき後に続く。ふたつめ、みっつめ、と小滝を登ると、両岸はますます迫ってきた。
そして、細く勢いよく流れ落ちる滝が目の前に。「あぁ」とため息をつく。わたしには登れない。
この地点からは高巻きも出来ない。登った小滝の流れの横を、お尻をつきながら、そろりと下る。
最初の滝の下まで戻ると思ったが、山日和さんが、左岸側に出来た細いルンゼを見上げ、ここから登ろう、とおっしゃった。
からだの幅ぐらいしかないけれど、よく見たら手がかりはある。大丈夫だ。滝の落ち口の高さを目指して登っていく。
この辺かなというところで、灌木に捕まりながら左の急斜面に移動していると、頭上で、山日和さんの「わぁ」という声が聞こえた。
場所を譲っていただき、木にしがみつきながら、ぽっかりと開いた空間の先に目をやると、
わたしも「わぁー」と驚きと感嘆の入り混じった声をあげていた。
そこには、想像もしなかった光景が繰り広げられていた。深いゴルジュの中を滑り落ちていく数十メートルの直瀑。
地形図では確かに急こう配だけど、こんなにも険しく切り立った地形だったとは。ぞくぞくとした感動がこみ上がる。
「久良谷は当て字で、本来は、嵓だったのだろうね」感慨深げに山日和さんの呟く声が、頭の中に響き渡る。
いつまでも、見入ってはいられない。ここからは谷への復帰は不可能。懸垂下降でルンゼに戻り、さらに登って行くことした。
でも、上がるにつれ傾斜が増し、手がかりも乏しくなってしまう。もうこれ以上は登れない。また下らなければならないか。
しばらく斜面を睨んでいた山日和さんだったが、ルンゼ内のすこし上にあるちいさな突起に左足を置いてから、
掴むには頼りなさげな草木がまだらに茂る右の斜面に移り、小尾根に乗られた。左足首が思うように曲がらないわたしは、
同じルートは無理。確保していただき、そうっと横のズルズルの斜面に移り、引っ張り上げていただく。
滑らぬよう神経を集中させながら尾根によじ登り、標高720mくらいからトラバースしながら谷に向かう。
降り立った谷は、えっ?と思うくらいやさしく穏やかにわたしたちを迎えてくれた。
時計を見ると、最初の小滝を登ってから1時間が経過していた。
滝の落ち口を見ようと少し下ってみると、その数歩先は宙になっていた。荘厳たるゴルジュだったなぁ。
土が食い込んだ爪を見つめて、ぶるっとなる。
ここからは、ところどころ倒木が目につくが、明るい自然林の中、小滝やナメのあるうつくしい流れが続いていった。
枝分かれする谷の雰囲気もいい。ひとつひとつ覗いてみたくなるが、
標高760m二俣右の、経ヶ岳北の稜線に食い込んでいるような面白い地形へと向かう。
地形図の通り穏やかな詰め。すぅっと導かれるように稜線に出た。
このあたりは、地形も不思議で面白いが、謎を秘めた歴史も持つ。
この稜線と朽木桑原からの・662の尾根がぶつかる鞍部が丹波越で、朽木側の峠下には、お茶屋さんもあったといわれているが、
久多側の道は、どこを通っていたのかは分からないという。
遡ってきた久良谷の最初と最後は人の営みの痕跡を色濃く感じるが、真ん中が険しすぎる。
右岸をおおきくまわりながらつけられていたのか。それとも、経ヶ岳を越えた先の鞍部下のミゴ谷につけられていたのか。
そして、お経巻を埋めたといわれる経ヶ岳。お経巻を埋めたのは、旅の安全を祈ってだろうか。何故、この山に埋められたのだろう。
久良谷で掬い上げた、こんもりとした緑のお山の中の、深く険しいゴルジュの中を滑り落ちる滝音が胸の中で轟く。
久多の人々はこのお山に特別な神聖さを感じたからではないだろうか。
不思議な響きの、ミゴ谷、イチゴ谷も、巫女を意味する、神子、市子が由来だったのでは・・・。
山頂に向かいながらあれこれ思いを巡らせてしまう。
経ヶ岳山頂は、しんとした空気に包まれていた。スギの木立の中にちいさな経塚が白く浮かんでいる。
どこかの陰から、誰かの、何かの、祈りの声が聞こえるような気がした。
今日は、・909まで歩く予定。腰を下ろさずに歩みを進める。820mピークまでは、植林がちで黙々と歩いていたが、
その先は清々しい自然林となり、頬が緩む。花盛りのヤマボウシやネジキもこころ躍らせてくれる。
もう6月も下旬。ヤマボウシは散ってしまっただろうな、と思っていたのでうれしさもひとしおだ。
イチゴ谷山から・909は、凛とした存在感を放つブナやトチの大木が立ち並ぶ。
初めて訪れた時、人知れず気高く聳え立つ木々に感激したのを覚えている。
・909山頂からは、比良山の眺望が素晴らしい。傍らには鈴なりの花を咲かせた大きなネジキの木が立っていた。
こんなに、ヤマボウシとネジキが多い稜線だったとは。
何度か歩くと知ったような気分になったりするけれど、ほんとうは知らないことだらけ、と感じ入る。
そして、そう感じる瞬間が、わたしは好きなのだなぁ、と思う。
下山の・909西尾根も、トチの巨木やちいさな池(ヌタ場?)などが目を楽しませてくれる味わい深い尾根。
ころころした真っ黒なクマにも出会った。今回は距離があったので、気持ちにも余裕があった。
植林地帯に入り、足早になっていると、足元に、ちいさな白い煌めきが。
わたしの好きな、まっ直ぐな夏を告げるお花、ツルアリドオシだった。
なんか、なんか、すごくうれしい山旅だったな。我が家の裏を流れる安曇川の源流のお山で、今日掬い上げた輝きの数々。
わたしの中で、あらたな物語が紡がれようとしているのを感じながら、車道に着地した。
sato