kitayamaさん、こんにちは。
おお、これはまたマイナーなコースですね。
メジャーではないけど、そうマイナーなコースでもないような。
でもルート上にサルトリイバラなどが茂っていて、登山者は多くはなさそうですね。
カクレグラと入道ヶ原の2座を登る山行は、南側からのアプローチの方が多いのではないかな。例のグリーンランドあたりから取りつけて、
例のグリーンランドって何じゃい?と思ってググったら、あっと驚くタメゴロー(古典)
暫くご無沙汰の甲津畑にそんな施設ができてたんですね。
確かに渋川から登った方が近いですが、クルマで回りこむのが面倒。
実は、私、佐目子谷から北尾根を登って、カクレグラ→タイジョウ→イブネ・クラシ→銚子ヶ口→黒尾山と歩いたことがあります。
すごいコースですね。Keikokuさんと一緒だったときですね。
まさに日の長い時限定のゲップの出るほど長いコースですね。
サメゴ谷を完全遡行してタイジョウから帰ったことがありますが、谷の長さに辟易しました。
25000図を見ると遠慮したいコースですが、50000図だとやれそうな錯覚が(^◇^)
確かに、最初から急登の連続で絞られますね。L167→R167までもかなりの急登です。さらにP740までも急登です。
そうですね。740に達したときヤレヤレと思いました。
R166の鉄塔には行かず、P740に直登していきました。ハリマオさんのようにトラバースせずにそのまま直登したような気がします。アンテナなどは見たことありません。
アンテナはトラバースの終点から740へ至る途中にあるので、そういうことになりますね。
おもしろいことを言いますねぇ。水呑岳では、水を呑むのですか。
これが高じると階段の踊り場で、ひと踊りしないと進めません。
ca770は通過していますが、そこが水呑岳であることにも気づかないまま通過してしまっています。プレートか何かの案内があれば気づいたことでしょうが何もなかったですよね。
以前は知りませんが今はないですね。名前がある山ならプレートもあった方が現在地確認に良いと思いますが。
> 隠れグラとはよく名付けたものだ。
かくれぐら=カクレグラ隠れ嵓と書かれています。なるほど、そういう印象を持たれましたか。
「隠れ」の方はいいとして、「嵓」と言うと切り立った岩山という印象がありますが、そちらの方は実態を表してないですね。
途中に大石が多少ありましたが。
その日は早朝はガスが出ていたのです。カクレグラにやってきたのは8時前くらいその後はガスが切れて晴れてきました。だから、ハリマオさんが見たような景色は見ることができませんでした。
展望ばかりは運に左右されるので仕方ないですね。またお出かけください。
銚子ヶ口の展望台として優れた所だと思います。
樹林の中のこぢんまりとした広場という感想を持ちました。ここにあるのは「二等」三角点でしたね。三等はよくあるのですが、二等はそうありません。知っていましたか。二等と三等の標石の大きさは同じなんですよね。
いや全然知りませんでした。勉強になります。
測量のためだから普通は展望の良い所に設置するはずですが、カクレグラは他に適当な所がなかったのかも知れませんね。
山名プレートも3つくらいあったと思います。その中で、古い、木に「隠れ嵓」彫られたものが味わいがありましたね。
あ、それまだありました。木はだいぶ傷んでいるようですが。
山頂で写真を撮ったとき、どこなのか分かるには山名プレートがあった方がいいなと思います。
バリルートのテープ類は論外ですが、登山道の要所にはプレートがあった方が道迷い事故を減らせると思います。
私が作った白船峠のプレートは撤去されてしまって残念です.。
カクレグラから入道ヶ原の方向には歩いたことがありません。なので、どんな風景は想像するだけです。入道ヶ原を割愛したのは残念でしたね。
そうですね。入道ヶ原だけまた行くのもバカバカしいし。
出遅れ以外にも時間が押した理由があるのです。まあ、これは書けませんが(^◇^)
ここは三等三角点でしたね。鉄塔があるから関電の巡視路があるのは確実です。
これが不思議なことに関電ではなく中部電力なんですよ。
入道ヶ原はガイド本では往復するようになっていますが、直接下りるルートもあるでしょうね。無くても下りられるけど。
樋の谷沿いにもよい道がありましたか。
樋ノ谷は佐目の人の炭焼き道があり、そこに電力会社が橋を掛けて整備したものと思われます。
でもかなり傷んでいます。
若宮八幡神社には、若宮八幡宮と塔尾金神社の二つが祀られていると聞いています。村人は若宮八幡神社で雨乞いをして、芳しくなければその御神体であるお金の塔まで佐目子谷から拝坂尻、大峠、北谷尻谷、コリカキ場という長い道程を歩いて祈雨登拝していたといいます。
こんなことを言ってはミもフタもなく佐目の人に悪いですが、神社に祈っても雨なんか降るはずないし、祈らなくても降るときは降る。空しいことです。加持祈祷の類は迷信で効果がないことは800年も前に親鸞が言っています。
神仏に手を合わせるのは感謝の表現と我が心の内を見つめるためであり、こちらの都合を聞いてもらう為ではないと考えます。それでも祈らずにいられないのは稲作が全ての時代背景でしょうね。それはやむをえないとして、受験生の諸君は神社へ行く暇があったら勉強したほうがいいよん。自分が合格するように祈るのは、他人が落ちるように祈るのと同じこと。神様もお困りでしょう。

- 若宮神社縁起
佐目からお金明神詣りをしたことありますか。
拝坂尻の古典ルートですね。私はいつも朝明中峠です。現在では佐目の人も行かなくなったようですね。
ハリマオ