2013年3月23日(土)~24日(日) 若狭 三十三間山、岩篭山
OSKのみなさん とっちゃん 兔夢
3月23日 曇り 三十三間山
8:25 倉見登山口駐車場 → 9:40 夫婦松 → 10:45 三十三間山山頂 → 11:00~50 稜線上で休憩 → 13:20 駐車場
3月24日 晴れ 岩篭山
9:45 駄口登山口 → 11:15 崩壊地 → 12:00~13:00 岩篭山山頂 → 14:45 登山口
3月23日
恒例のOSK北陸(カニ)山行に初めて参加させてもらった。
例年は2月に行われているカニ山行だが今年は都合上3月となった。カニのシーズンギリギリだ。
今回、はじめてOSKの山行に参加する事になったとっちゃんと木之本で合流してまずは初日の山、三十三間山へ向かう。とっちゃんは僕のブログを通じてOSKメンバーに知られていて初顔合わせながらなじみが深い。
登山口のある倉見へ向かう国道303号線は岐阜の揖斐を通っている道で福井で走っているのが不思議な感じだ。途中国道27号に入り倉見に到着。
登山口はトイレ付きの駐車場が整備されていてきれいな案内板も立っていた。シーズン中には多くの登山者で賑わっているのだろう。
準備をして出発。奥に続く林道を進むと鹿除けネットがあり登山者用の通用口から中に入る。
渓流沿いに植林が続き二俣で右に入る。この辺りで先輩方がみつまたの花が咲いているのを見つけて教えてもらった。はじめて見る花だ。周りを見れば植林のあちこちに咲いている。和紙の原料になる植物だ。

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登山道脇には結構な水量の滝があり不図立ち止まりどうやって登るかを考えてしまう。今はちょっと水が冷たそうだがもうしばらくすると沢のシーズンもやってくる。
上流で流れを渡って尾根に取り付く。登山道は九十九折りに尾根上にあがり後は尾根筋を登っていく。
夫婦松で休憩。平坦になった広場だが松自体は枯れてしまっている。
高度を上げていくとところどころに残雪がみられるようになる。ただやはり雪量は少なかったのだろう。この計画があがった頃はスキーでという考えもあったが冬用の装備もいらないくらいだ。念のためにと履いてきた冬期用の靴がやけにきつい。
「風神」と呼ばれる古い石塔を見てすぐ稜線に出る。ここは樹木が少なく左右の見晴らしがいい。南側には大きな山塊が幾つか見える。北には倉見の集落。曇ってやや視界が悪いのが残念だ。
こういう稜線だけに吹き抜けていく風を心配したが思っていた程は吹いていない。快調に進んで山頂手前で灌木帯に入る。
雪がわずかに残っていてそれを踏みしめながら高度を上げる。樹林帯に入り傍らを見ると山頂を示す標柱が立っていた。今回初参加、そして明日誕生日というとっちゃんに音頭をとってもらって万歳三唱。

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周りは樹林に囲まれ展望が得られない、ということで場所を移動して休憩。この休憩中にとっちゃんのOSK山行での初ボケを披露。これからも幾多のボケを披露してくれるだろう。乞うご期待。
早い時間の下山となり今夜の宿へ行くにも余裕があるので三方の縄文博物館に立ち寄った。なんとリニューアルオープン記念で入館料500円が無料という幸運に恵まれ、しばし縄文の生活の匂いにふれた。
日向の宿についてからは早速宴会モード。メンバーから次々に出される持ち込みの酒類の多さに吃驚。とっちゃんまで地元のお酒を持ってきてくれてうれしい限り。
肝心のカニの方はこれも期待以上。最初出された茹でガニをみんなしゃぶり付くように隅々まで食べていたがしゃぶり付かないでも飽きる程出てくるカニ、カニ、カニ。最後は食べきれないぞー状態。こうと知っていればもっと横着に食べておくんだった。次回もここでお願いします。

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3月24日
宴会の翌朝は身体が重いって決まっているものだが今日は比較的さわやか。カニのおかげだろうか。
外を見ればなかなかの上天気。誘われるように宿を出て朝の散歩。防波堤から見る海の様子がいい。傍らでは早朝にもかかわらず素潜り漁。こちらまで寒くなりそうだ。
二日目の山は岩篭山。宿を9時前に出発して国道8号線を大垣方面へと向かう。疋田から国道161号線へ入り駄口にある「ドライブインしのはら」前の広場に駐車。登山口はドライブインの駐車場脇にあった。
登山口ではおじさんが何やら荷物を用意している。聞けば登山道の所々にある標識が小さく、朽ちているものもあるので付け替えるのだそうだ。すべて自費らしい。この駄口コースはこのおじさん達が数年前に整備したらしい。ありがたい事だ。そのおかげで本日こうして登る事ができる。このおじさんから登山道の手書き地図のコピーをいただいた。おじさんのこの山に対する熱意が伝わる。
整備された登山道は植林の急斜面を九十九折りに登り一旦穏やかに。再び急斜面となるとその上に踏みつけてしまいそうな位置にある四等三角点。その先はプロムナードとも言えるような穏やかさで気分がいい。
傍らに咲く花を見つけては立ち止まりの繰り返し。花や木々には疎いので話を聞いては頷くばかり。でもいままでの経験上、その話もすぐ忘れてしまうだろう。花の事を知っていると楽しいのだろうと思うけど。
最後尾を歩く僕の前はとっちゃん、その前がセキガハラNさん。とっちゃんが昨年アルパインを3本やった話をセキガハラNさんにして盛り上がっている。クライミング系の知識が乏しい僕には何の事やら分からない事ばかり。時折話に相づちを入れたりしているが晴れた空と冬枯れの樹林からのぞく雪田の方が僕の気を惹く。
主稜線に出る手前の急登には残雪がありキックステップで登っていく。途中の沢筋にはわずかな距離だがスキーができる程の雪が残っていた。
主稜線のブナ林を一旦下ると崩壊地。覗き込んでみたがそれほどの怖さはない。ひょっとしたら下っていけるんじゃないかと思えた程だ。
このあたりのブナ林が気持ちいい。青空の下ですっくと伸びた木々が清々しい。GTさんなどは「ここの写真が撮りたかった」と下山時にカメラを向けていた。

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ブナ林を越え急登。一旦緩やかになった先の笹と灌木が入り交じった斜面の上で道が別れていた。
僕ととっちゃんはブナ林での撮影がたたって本隊にかなりの遅れをとっていた。見れば本隊は左側の道を進んでいる。だがここを何度か訪れた事のあるとっちゃんは右だと主張、歩き出した。本隊の方へ向かって声をあげようともしていた。でもちょっと待ってとっちゃん、あっちのピークの方が標高が高そうだし何か立っているよ。なんとか説得し本隊の方へ向かった。結果的にこれが正解でとっちゃんが向かおうとしていたのはインデアン平原だった。こちらの方が展望がよく気持ちのいいピークなので印象が深かったようだ。
岩篭山山頂にはまだ新しい標柱が立っていた。その傍らにある岩の上に立って見える展望がすばらしい。
敦賀湾から野坂岳、乗鞍岳、微かに見える琵琶湖、そして春霞の奥美濃の峰々。参加メンバーの誰もが期待していなかった良好な天候下に広がる大パノラマ。今回の山行に参加してよかったと思えた一瞬だった。

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奥美濃の山座同定を誰ともなくはじめる。あそこは何、それは違う、の侃々諤々。最終的には、見えている左端が上谷山、そこから尾根続きに三国山、その奥は奥美濃の峰々、南に下って裾野の大きな山塊が金糞山、と話がまとまった。ベテラン揃いのメンバーでも何時もと見る角度が違うと通い慣れた山域の山座同定も難しいものとみえた。
休憩後は一旦インデアン平原に立ち寄って岩に登ったりしながら遊び、その後は往路をそのまま下っていった。
途中、二ヶ所の標識が新しいものに付け替えられていた。朝出会ったおじさん達の仕事だ。
登山口まで下るとおじさん達はパネルを立てようとしているところだった。その隅に「フィールドあらち」と書かれていて不思議に思ったとっちゃんが「“あらち”って何ですか?」とおじさんに聞いた。おじさんによれば「あらち」とは漢字で「愛発」と書きこの辺り一帯の総称なのだそうだ。
その昔、愛発関というものがあったらしい。調べたところによると遠く奈良時代に都を守るための要所として置かれ、鈴鹿関、不破関とともに三関と呼ばれたらしい。その所在地は明確でないがこの辺りにあったというのが有力なのだそうだ。
“愛発”、なんとも意味深げでいい名ではないか。そう頷きながらこの地を後にした。いい思い出がまた一つ刻まれた、そんな二日間だった。