【日 時】 1月5日(土)
【地 図】
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html ... 8201708136
【同行者】 単独
【天 候】 曇り/晴れ
【ルート】 P(7:43)~標高200m尾根取付き(8:26)~鎌刃城跡(9:10)~林道(9:46)~八葉山(10:41)~地蔵峠(11:39)~松尾寺山(11:59/12:59)~P(13:47)
西坂集落から鎌刃城跡と松尾寺跡を結ぶルートを歩いてみた。この地は、新名神の通じた現在でも、依然として交通の要衝であり、かつてはその領有を巡って権力闘争の舞台となった地でもある。六角氏と京極氏の勢力が激しくぶつかり合った土地。そこに砦として築かれた鎌刃城の遺構を一度は見てみておきたかった。

- 二次林の尾根
一方、松尾寺は霊仙山にあったとされる霊仙寺の七ヶ別院のひとつであり、白鳳期には役の小角が難行苦行を求めて入山されたと言われる古刹であった(寺伝より)。尾根上とその法面には大小60の削平地が星形に展開していることから、往時は多くの坊院が形成されたとも言われている(米原市教育委員会の由緒書きより)。
午前6:00頃だったか、カーラジオが突然『FM一宮』の試験放送を受信してびっくり。これでは同じ周波数のFMCocoloが受信できなくなってしまう。。。う~む
米原工業団地の除雪スペース脇に車を停める。凍てついた林道を南に歩き、標高200m地点にある橋から鎌刃城跡への東尾根に取り付いた。下部は常緑樹の灌木。急登にもがくと早くも雪だるま状態。隣の尾根は青く見える。八葉山から北西に落ちる尾根が二次林で楽しげ。
尾根上の大木を拝みながら、ひと登りで鎌刃城跡へ。主郭に至る石段のてっぺんに飛び出した。湖東平野が水墨画のよう。解説板の雪を落として由緒書きを読んでみた。副郭を一回りしてから南東尾根へと踏み出していく。綿帽子をかぶったやせ尾根を歩けば切り通しに飛び出す。こいつは番場から武奈に抜ける間道だったらしい。

- 鎌刃城跡の石段
さらに少し頑張れば林道に出る。以前、柳峠あたりで深雪と格闘するジムニー軍団で出会ったことがある。スタックした車を綱引きしながら交互に四駆でラッセルしていて、唸るようなエンジン音が雄叫びのようだった。
林道の切り通しから、そのまま尾根を辿る。530mピークの奥に真っ白な伊吹山。雪まみれのカレンフェルトの斜面。やがて鉄塔のある八葉山の前衛540m峰へ。鉄塔を透かして向山と男鬼山のもっこりが顔をのぞかせる。ヤドリギを乗せた大木が残る尾根を歩く。
樹林の中に忽然と八葉山の表示板が現れた。ここにも大木が残されている。ケヤキの木だろうか。雪の山頂を辞して北の鞍部へ駆け下る。530ピークの右肩に伊吹山が控えている。二次林と雪の尾根がいい感じ。530ピークへ。西辺は植林色が濃いが、東辺は明るい樹林帯である。

- 地蔵峠のお地蔵さま
一気に下ると錆びた反射板。すぐに地蔵峠の一本杉と大日如来さまとの邂逅がある。峠の傍らに丁石がのぞいている。お散歩気分で尾根道を歩いて蔵王権現にお参り。ややあって松尾寺山の山頂三角点に届いた。樹間から雪化粧の平野が広がっているのが見える。
さて、松尾寺跡へ。影向(ようごう)石の脇を下って寺の由緒書きを読む。ここの九重の塔は重要文化財だと言う。山道で山門跡に下って石段を登り返す。言い伝えによると「悪いことをすると『ハサミ岩』に挟まれて動けなくなる」と言うが、私のような善人には無縁の話である。

- 松尾寺跡の灯籠
そのまま反時計回りに回り込む。東尾根から鐘入り場を通って再び山頂の夫婦杉へ。なるほど、これが世に聞く松尾寺の「七不思議」譚か。ひと息つくうち、ほてったはずの身体も冷えてきた。

- 430Pからの北西尾根
凍てついた北尾根を快適に下る。430mピーク手前から北西尾根に飛びこんだ。153番鉄塔の側を抜ける。最後は駐車地へほぼジャストの奇蹟。だが、鹿除けのゲートがある。乗り越えようとすれば乗り越えられるのだが、私のような紳士はそのような「はしたない行為」を良しとしない。そこでゲートを探して合法的に娑婆に出た。これで、今年も良き一年が約束されるであろう。
ふ~さん