【 日 付 】2013/12/30(月)
【 地 域 】スペイン ラ・マンチャ地方
【 天 候 】晴れ
昨年は伊達政宗公の命を受けた家臣支倉常長がスペインへ渡ってから400年目だったとか。
わが国の皇太子殿下も渡西し国交400年記念行事も多かった。
そこで、たんぽぽもヤブコギストを代表する日西親善大使として渡西し、その締めくくりを飾ることにした。
昨年のモンセラットのような山ではないが、お目汚しのプチハイクと思っていただきたい。
12月28日にマドリード入りし、その二日後にドン・キホーテの故郷ラ・マンチャ地方を訪れることにした。
まずはメトロでマドリード北部のチャマルティン駅へ向かう、途中メトロ車内ではバイオリン弾きのおじさんが楽し音色を奏でてくれた。
チャマルティン駅からはレンフェ(スペイン国鉄)で地中海に面するアルメリア行きの長距離列車に乗り、ひとつ目の停車駅アルカサル・デ・サン・ファンを目指すことになる。
チケットは事前にネット購入してるので安心だが、電光表示案内に何番線から列車が出るのか表示されない。
仕方ないので窓口で尋ねると待っていろと言われてしまった。
ここチャマルティン駅が始発なのに一体どういうことだと思っていたら、出発15分前になって電光表示案内に出発ホームが出た、遅いぞ!
すると待合室に座っていた人々が一斉にそちらへ歩き出した、なるほどこれがスペイン流なのか。

- お世話になるのは2年目だけど、なかなか疲れるRenfeさん
ホームへ降りると列車は5両編成の1~5号車、なのに自分のチケットには10号車と指定されているではないか。
駅員に尋ねようと探すが、日本のように制服を着た駅員はいないので探すのに一苦労。
なんとか駅員を探し出して聞けば10号車は5号車に乗ればいいと言う、なんだそりゃあ~
座席に座り込んでひと安心かと思えば、今度は後から乗り込んだ人たちと座席のダブルブッキング。
数人で話し合って適当に座り無事にアルカサル・デ・サン・ファンに向けて出発となった。
列車が順調に走り続けていると、車両の前後からプシュ、プシュ、プシと音がしてやがて列車が停止し、ゴム臭い異臭が立ち込めてきた。
レンフェといえばサンティアゴ・デ・コンポステラでのAVE(スペインの新幹線)脱線事故が記憶に新しい。
もしや車両火災ではと思い、いついでも逃げ出せるように身構えていると車両は静かに動き始めた。
こんなことを2、3回繰り返しながら1時間半でアルカサル・デ・サン・ファンに到着した。
ホームから列車を見送っていると、今度はドアが開いたまま走っていく車両があるではないか。あ~、さすがスペインだね。
交通の不便なラ・マンチャ巡りのために、駅ではレンタカーを予約しておいた。
事務所で予約確認書、パスポート、免許証などを提出するが、予約してあるというのに入力作業に時間がかかる。
保障のためのクレジットカードを出せというので1枚提出、しかし機械で蹴られてしまう。
そんなこともあろうかとカードは3枚用意してきた。ところが2枚目もダメ3枚目もダメでついにお手上げ状態。
現金ではダメかと聞くが返事はノー、日本のクレジット会社へ電話しろという。
クレジット会社3社へ電話してみるが、スペインとの時差は8時間で繋がるはずはない。
仕方なく事務所がスペインのクレジット会社と連絡をとり、1時間後にようやくOKとなった。
レンフェにレンタカー会社とこれがスペイン流だろうが、なかなか疲れるラ・マンチャの旅だ。

- 風車が立ち並ぶラ・マンチャの丘
借りた車はシボレーのコンパクトカー。
一度くらいベンツかBMWで走ってみたいところだが、金持ちハポンと間違って狙われても困るので、やはりコンパクトカーが身の丈に合っているってことか。
ウインカーとワイパーを間違えること数回、エンストすること数回、交差点を曲がると真正面から車がやってきて車線違いに気づくこと数回・・・
左ハンドル右側車線走行の初体験気分といえば自動車学校の路上教習そのものだ。
何もない赤茶けた大地の中、無料の高速道路を1時間ほど飛ばすと、シロナガスクジラのように長々とした丘が目の前に迫ってきた。
丘の上には10基ほどの風車の並び、その麓が一つ目の訪問地となるコンスエグラの町だ。
町に入って、まずは地元のスーパーで食料の買出しタイム、ハム、チーズ、パン・・・
お値段は日本並みだか、どれも日本では手に入らないようなものばかりで目移りしてしまう。
町の中心部にシボレーを駐車してラ・マンチャの丘を目指して歩くとしよう。
行き交う可愛い娘にはオラ~(こんにちは)と声をかける。“旅の恥は掻き捨て”これがたんぽぽの旅のモットーなのだ。
丘の高さは50mくらいだが、スペインは標高が高くて首都マドリードですら標高600mあるという。
小さな潅木が点在する斜面を登っていくとノビタキに似た小鳥たちが賑やかだ。
乾燥した大地に生き物は少ないだろうと思っていたが、決してそんなことはないようだ。
丘の中腹に一つ目の風車が現われ、その中から変なニッポン語を連発するおっちゃんが出てきた。
スペインでニッポン語なんぞ聞きたくはない、カタコトのスペイン語で切り返して更に登っていく。
丘の上まで車道が延びているが、やはり自分の足で登るのは気持ちがいい、赤茶けたラ・マンチャの大地が目の前に広がっていく。

- 仕方がない、坊主と撮ってやろう
丘の上で一番高いところにはカスティージョ(城砦)があり、5ユーロ払って中へ入ってみる。
どこかの天守閣のようにコテコテのコンクリート造りではなく、古く荒れた様子が趣があっていいというものだ。
中世レコンキスタ(キリスト教のイベリア半島奪回運動)の時代の雰囲気に溢れている。
カスティージョの最上部に登ると可愛いラ・ニ~ニャ(お譲ちゃん)がいたので声をかけてみた。
「お譲ちゃんカワイイね、一緒に写真を撮ろうか?」
ハポンのおじさんを見たことがないのだろうか、お母さんの後ろへ逃げて泣き出しそうな顔をしてる。
困ったなあと思っていると、エル・ニ~ニョ(男の子)が寄ってきて「僕と撮ろう!」と言う。
仕方がないなあ、坊主と写真を撮ってやることにした。
コンスエグラを発ち、次はカンポ・デ・コンポステラという町に向かった。
ここも小さな町で、白塗りの家屋が立ち並ぶ上の緩やかな丘陵に何基もの風車が立っている。
その大きな風車を眺めながら、天下のキチガイ男ドン・キホーテに思いを馳せる。
あぁ、我がドルネシア姫は何処に・・・
と思っていれば、マウンテンバイクに跨り犬を連れた二人連れお姉さんがやって来た。
わが姫は馬車ではなくマウンテンバイクでやって来るのか?
でもドルネシア姫は一人でいいんだけどなあ・・・
まあいいや、なにはともあれまずは声をかけてみよう。
「オラ~、ワンちゃんの散歩してるの?」
「この近くに住んでいるの?」
写真を撮ったりして楽しんでいるとすぐに陽が暮れはじめた。
十分楽しませてもらったので、そろそろ帰るとしよう。
Miffy venga aqui!(ミッフィーこっちへおいで!)
夕暮れの風車群の中で、犬を呼ぶドルネシア姫の声が繰り返し聞こえていたのが今も忘れられない。

- Miffy venga aqui!